ゆく冬を惜しむ

 

2010年3月9日 火曜日

 

昨日の記事に「私にとっては、春は、ふるさとの「ぽかぽか陽気の春」である。だから、札幌の4月は、正直、つらい。春とは名ばかりの寒い、冬の終わりの時期である」とあったが、あれから5年。札幌にやってきてからすでに11シーズン目の冬を過ごしてくると、この表現にはどことなく違和感を感じる。今ではかえって北を指す故郷、といった心持ちだ。

札幌の3月は雪解けの季節。当たり前の冬景色の中に、いろんな面白いものを見つけて楽しみたいと思う。たとえば自転車。2月にはなかったものが、この季節、雪の中からどんどん生えてくる。

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これらの放置自転車はかわいそうだ。大量の重い雪にすっかり埋もれていたわけだから、ものすごい圧力を受けたに違いない。斜めの力が加われば、ホイール(リムやスポーク)、シャフトやレバーはひとたまりもないだろう。秋にはしゃんとしていたはずのものが、新品の昔をしのぶ影もなく、ぐにゃぐにゃよごよごの負傷・病兵となってこの季節に出現してくる。

持ち主の人々にもそれぞれいろんな事情があり、自転車との別れと出会いもさまざまだろうけれど。

冬を越えた自転車の苦労をねぎらってあげたいのはやまやまだ。しかし、曲がった自転車に乗って安全と楽しさが担保できるような気がしない。じょうずに治して社会復帰させられるようなら私も立派な自転車医者であろうが、そんなプロの技術は持ちあわせない。などと瞬時は思うものの、この季節、自転車たちのことは忘れて過ごしたい。自転車たちは、もっと深くふんわり雪の布団の中で眠っていて欲しい。

なぜなら、3月も、私たち北国のスキーヤーにとっては、スキーシーズンのまっただ中。今冬みすみす(看)また過ぐ。何とか達成したいのにその前に春が来てしまう悔しさ。ほんの一ヶ月前には午後4時を過ぎれば真っ暗になってナイター照明が灯ったものだった。が、この季節、どんどん日が長くなり、5時になっても青空が明るい。リフトに揺られて周りの眼下を見渡せば、ところどころに草や土が出現し、迫る雪解けからは逃げられない。ゆく冬をクリフのひとと惜しみけり。残った短い冬のあいだで何とか今年の課題を克服しなければならない。今年は節目の10シーズン目のスキー。何としても一ランク上の滑りへと変身したい。

しかし、イーストAコースの壁は、暖かい雪解け日和の翌日からは氷点下の冬日が続き、カチコチ氷の凸凹の姿固め(子供たちからはゴロゴロ君という愛称で呼ばれる)にうっすらの湿雪。クラストになっている場所もある。根のしっかりした石筍のような雪氷の突起も生え出し、ターンの脚を引っかける。この条件でのターンは難しい。が、それだからこそ、私たちは入ってゆく。私も石筍のひとつに後ろ頭をそっとぶつけて、ヘルメットの奏でるコンという心地よい響きを楽しんだりする。あわてて降りてゆくのではなく、少し青空を眺めて、ゆく季節を惜しむ。

そんなわけで、今しばらくのあいだ、札幌の自転車たちには深い雪の中に身を隠して余生を楽しんでいてもらいたいと願うのである。

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