学ぶこと問うこと

靴磨きのすすめ

<以下、2001年4月9日付けWEBサイトより再掲>

靴磨きのすすめ

大学院生そしてバイオ研究者のみなさん、いかがお過ごしですか。間違いなく、毎日何かと忙しいことと思います。ところで、毎日のちょっとした息抜きの時間、みなさんは何をしていますか。我が研究室も若い人たちを中心にタバコ派が多く、5階の喫煙ルームは大入りの盛況、コミュニケーションサロンの様相を呈しているとのこと。

ちょっとしたわたしのおすすめは靴磨きです。アイデアがなくて困るとき、逆にいろいろありすぎて気持ちが高ぶるとき、息抜きにはもってこいです。表革を使った革靴ならクリームをたっぷり使って磨くといいでしょう。

一言、アドバイス。新しい革靴を買ってきたときは、まず最初にたっぷりとクリームを塗り込んでやってください。お店に飾ってあった新品の革靴は油が不足していることが多いのです。新品をそのまま使ったところ、履いてすぐに亀裂が入ってしまった苦い経験があります。新品で買った最初から、革のことを良く理解して、大切にしてやる必要があります。靴磨きのやり方については、いろいろな本に詳しく載っていますので調べてみてください。

ドケチで有名だった故城南電気の社長さんのインタビューをテレビで見たことがあります。彼曰く。靴だけは高価な(?)スニーカー風のものを履いており、階段などをどんどん登ってゆく。歩くということがとても健康に大切、そしてビジネスにも、健康と「足を使う」ことが大切。だから靴だけは歩きやすい高いものを選んでいる、とのことです。確かに、作りのいい靴を大切に手入れして履いてゆくと、10年も20年も使えますね。私の一番長持ちの革靴は、もう22歳になりました。まだ現役です。

ラボの器具などもどんどんとディスポ、使い捨ての時代になりました。もう、繊細なメインテナンスに気を使うことがほとんどなくなってきました。若い研究者にピペットマン(マイクロリットル単位の試薬液を計りとる可変型のピペットで、ギルソン社の商品名です)を渡すときに、落とすと狂って壊れるから気をつけろ、などと注意するのもかなり気が引けます。

実は、わたしも10年ほど前はずいぶん厳しくて、あのピペットマンを床に落とす「特徴的な音」(わかるんだなあ、これが—)を聞くと、さっさかと部員のところに歩み寄って以後絶対落とさないように注意しろと叱っていました—心を鬼にして。実験がうまくできるようになるには、正確な計量のできるピペッターを持つことが大切。私自身は、オーリングのセットを各分量のピペッターについて一式そろえていて、しょっちゅう検量してはメインテナンスを怠りませんでした。実際、私自身がどの部員よりも実験に時間を使っているぞ、実験ではだれにも負けないぞと張り合うことができたあのころ、ピペットマンを私が床に落とすのは年にあっても一度、そんなときはよっぽど疲れて集中力を欠いているときに決まっていて、自ら猛反省したものです。ピペットマンを私が落とすようになれば、そろそろ引退か、と覚悟していました。

けれど、ここ数年、わたしも実験から遠ざかって来ました。ピペットマンが落っこちるあの音、聞くと心が痛むのですが、アドレナリンの分泌を無理矢理押さえつけて、自分の仕事をつづけるようになりました。今の部員にはピペットマンを落としても、音を耳ざとく聞きつけて駆けつけてきた私に叱られた人は、恐らくひとりもいないと思います。でも不注意な人はどこにでもいて、ほんとにしょっちゅう落とすんです。ちゃんと聞こえてはおります。

しかし、今の世代、明治の時代とはわけが違います。親からもそんなことで叱られた経験のない若者たちが多いのでは?

<以上、2001年4月9日付けWEBサイトより再掲>

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