philosophy

運命には勇気を

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贈る言葉:

テュケー(運命)にはタルソス(勇気)を、ノモス(法律・習慣・貨幣・お金)にはフュシス(自然本来のもの・生きること自足することにとって本質的なもの)を、パトス(情念)にはロゴス(理性)を対抗させるのだ。

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テュケー(運命)にはタルソス(勇気)を

 

2012年2月3日 私たちの研究室のキックオフパーティにてスピーチ:

今日は皆さんに贈る言葉を考えて原稿を用意して参りました。
テュケーにはタルソスを、ノモスにはフュシスを、パトスにはロゴスを対抗させるのだ。

呪文のような言葉ですけれど、皆さんにも是非覚えていただきたいと思い、今日は3セットのうちの最初の部分、「テュケーにはタルソスを対抗させるのだ」を解説したいとおもいます。あとの2セットは次回のお楽しみです。

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さて、いつも部員の皆さんには私はいつも映画スターウォーズの話をしてきました。ところが、最近ではこの映画を見ている若者が少なくて私の話には全く人気がなくなりました。そこで今回は皆さんもきっと見て育ってきたはずの、平成のウルトラマン、ティガ・ダイナにつづくウルトラマンガイアから、私の尊敬する科学者、高山ガムの言葉を紹介したいとおもいます。(もちろん、ウルトラマンを見ていない人でも、了解可能ですから聴いてください)
ちょうどU先生が研究を始めた13年前頃のウルトラマンが、ガイアです。わたしはこの番組を見て勇気づけられながらU先生を指導しておりました。もちろんテレビだけでなく劇場映画篇もすべて見ました。

その中で、私がときどき口ずさんでいる感動的な場面を紹介します。その場面で、天才科学者・藤宮は、「ウルトラマンが守ってあげるべき美徳も価値も何も人類は持っていない。人類は、ただ地球を痛めつけている寄生虫のような生物であり、根源的破滅招来体によって滅び行くしかない運命にある」と思いつめます。この藤宮に対して、主人公の高山ガムがきっぱりこう言います。

「藤宮、おまえはまちがっているぞ、
守るものなんていくらでもあるじゃないか、
運命なんていくらでも変えられるじゃないか!」

ところでみなさんは、偶然、運命、宿命、という言葉の意味の違いを知っていますか。
すべて偶然のことなのですが、
運命というのは、あとから見返してみて、わたしたちにとって重大な結果をもたらしたと思われる偶然のことです。
宿命というのも運命とほぼ同じで、レトロスペクティブにあとから見返してみて、重大な結果をもたらしたもの、しかもそれぞれのプロセスを見返してみて、簡単には変えられないような、あたかも必然の連続になっているかのごとく思われてしかたないような、「偶然」の連続を宿命というのでしょう。
だから、言葉の定義としては、重大な結果につながったような偶然のうち、
運命は変えようとすれば変えられたはずの偶然の連なり、
宿命とは、変えられないように思われる偶然の連なり、としておけばよいでしょう。本当に突きつめて考えれば、宿命と言えるようなものがありえるかどうか、皆さん、考えてみてください。
ということで、皆さんも多くの偶然が重なって、ついにこのラボにやってきてほぼ1年、あるいはほぼ3日目、というところで、運命のいたずらに翻弄されている自分を見つめていることと思います。

なかには、
「うーん、しまったぞ、あっちの研究室の方が、友達が楽しそうにしていて楽そうで良かったんだが、ちっ」、と舌打ちして運命を呪っている部員もいるかもしれません。いや、たしかにそういううわさも流れてきました。
あるいは、ほかの子のプロジェクトの方が良さそうに見えて、「自分は運が悪いから難しいプロジェクトに当たっただけで、本当はあっちのプロジェクトの方に当たっていれば実力が発揮できるんだが」と思っている不届き者もいるかもしれません。

しかし、ここで私が言いたいのは、ごく当たり前のことです。みなさんは、自分たちの頭で考え、自分たちの手でしっかりとコンクリートな実験に取り組んで行くことによって、間違いなく自分の運命なんていくらでも変えられるはずです。

昨年のこのキックオフの宴会の機会には
1. よく食べ、
2. よく寝て、
3. よく実験をしよう、
という話をしたら、勘違いする人がでて、まずは自分自身の健康を大切に、次によく休んでよく寝て、3・4がなくて、
実験は二の次、三の次、ということで、
U先生をギャフンと泣かせることになった、というようなケースもございます。U先生を泣かせてはなりませぬ。

ま、そのようなケースもゼロではありませんが、一年間、大学院生のY君も、アイウエオ順にAi・Ikからから始めて四年生のみなさんも、それぞれよく成長してくれました。

這えば立て、立てば歩け、ということで、私たちの皆さんに対する期待のレベルがぐっと増してきました今日この頃です。

よって、今年は、一挙に速度とレベルをあげて、成果を目指して、どんどん前へ! と号令の発破をかけてスタートしたいと思います。「前へ!」これが合い言葉です。

それでも実験に失敗したときは、どうすればよいか。この呪文を唱えてください、ということで、

贈る言葉は、私の尊敬するギリシアの哲人の言葉としたいと思います。私の自分自身への励ましの言葉(というか呪文)です。
「テュケーにはタルソスを対抗させるのだ。」
テュケーは運命のこと。偶然の運・不運のことです。タルソスは勇気。運命には勇気を対抗させるのだ、ということです。

運命のいたずらには、勇気をもって克服してゆくべく、自分を励まそう。泣き出したいようなものがこみ上げてくるとき、是非、この呪文を唱えて、(あの、チャップリンのモダンタイムズの最後の場面を思い出して)スマイル!で、乗り越えてください。じつは私も何年もそうしてきました。この呪文は効きます。
運命なんていくらでも変えられるじゃないか。皆さんは運命という名の偶然に負けることなく、皆さんの人生を、実験に励むことで切り開いてください。

一方で、わたしたちが本当に目指しているのは、自分たちの人生を切り開いてゆくことではありません。出世したり、お金持ちになったり、美しいお嫁さんやお婿さんをもらうことでもありません。

私たちが目指しているのは、今は治らない癌をいつか治せるような治療薬を私たちの手で作ってゆくことです。一人一人の癌患者さんたちはたまたま運が悪くて癌になってしまったに違いありません。運命のいたずらとしか言いようがありません。しかし、たとえば子供の白血病を取ってみても、十万人に数人の珍しい病気だとはいえ、日本だけでも毎年何百人も白血病で苦しむ子供がいます。そのうちの何割もが、治療に失敗して、死んでいきます。これは偶然ではなくて、今のような原始的な治療法であれば必然の結果です。宿命と言っても良いでしょう。

ここに集まった皆さんは、純粋な気持ちで、治らない癌を何とかしたい、と考えていることと思います。その、今の気持ちを大切に、どうか実験に励んでください。そして皆さんは勇気をもって失敗という不運を乗り越え、いつかは成功につなげ、さらに上の目標を目指して進んで欲しいと思います。不運にも癌になってしまった患者さんにも、「運命なんていくらでも変えられるじゃないか、大丈夫だよ、まかせて!」といえる日が来ることに貢献できることを目指して、実験にはげみましょう。

前へ!

「前へ!」これが合い言葉です。

 

2012年2月3日
LabOnc研究室 キックオフパーティにて。

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テュケー(運命)にはタルソス(勇気)を、ノモス(法律・習慣・貨幣・お金)にはフュシス(自然本来のもの・生きること自足することにとって本質的なもの)を、パトス(情念)にはロゴス(理性)を対抗させるのだ。

 

出典は以下の通りです:
1.ディオゲネス・ラエルティオス 著、 加来 彰俊 訳  ギリシア哲学者列伝  岩波文庫
2.山川 偉也 哲学者ディオゲネス -世界市民の原像-  講談社学術文庫

(注)ここでいう哲学者ディオゲネスはいわゆる犬(キュニコス派)のディオゲネスのことです。上記の列伝の著者であるディオゲネス・ラエルティオスとは別の人物です。

 

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