古代エジプトの謎:プラトンは「カー」をイデアと訳した

1)吉村作治 古代エジプトの謎 ピラミッド・太陽の船篇 中経の文庫 2010年

2)吉村作治 古代エジプトの謎 ツタンカーメン・クレオパトラ篇 中経の文庫 2010年

3)吉村作治 ピラミッドの謎 岩波ジュニア新書544 2006年

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2015年6月9日 火曜日 雨

6月の休日や雨の日を利用して吉村さんの上記3冊を読了。

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「カー」の本質:
個々の人間や動物や物の本質とは何なのか。
 古代エジプトの人は、それが「カー」だと答えた。ただし、それは目に見えない。目に見えない「カー」に、人間の体やそれぞれの物質がくっついて、目に見えるようになるのである。生きた人間の場合には、その一方で、「バー」も「カー」にくっついている。「カー」を中心として、その両側に「バー」と肉体がくっついているようなイメージで考えると、わかりやすいかもしれない。とすると、どうなるか。
 人間が死ぬと、「バー」は「カー」から離れて、あの世に行ってしまう。もし肉体も完璧に滅びてしまえば、存在の本質である「カー」だけが、この世に残ることとなる。「カー」のおさまるところが、なくなってしまうのである。・・・(中略)・・・
 そこで、肉体が滅びても「カー」の落ち着くところが必要になるので、生前の肉体に代わる第二の肉体を用意した。それがミイラであり、石の彫刻なのだ。・・・(中略)・・・
 このように考えていけば、なぜ古代エジプト人が、あれほど丹念にミイラをつくり、膨大な品々を副葬したかが納得できるであろう。
 人間を、単に魂と肉体に分けて考えるのではなく、そのあいだに「カー」というものを置き、しかも、そこに存在の本質があると考えたこと。これは、古代エジプト人の偉大な発見であった。(吉村 文献1 p103-105)

プラトンも古代エジプト思想を学んだ
プラトンは「カー」をイデアと訳した。・・・古代エジプト人は、プラトンが後期に展開したような哲学を、すでに紀元前二千数百年の昔から発見していたといってもいいだろう。・・・(中略)・・・古代エジプト人が私たちに残してくれた遺産は、なにも壮麗な神殿の遺跡やツタンカーメン王の黄金のマスクばかりではない。いったい人間存在の本質は何なのかという、最も根源的な意味での哲学を考えていくヒントをも、私たちに残してくれているのである。(吉村 同書 p106)

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