人の知ることなき世界に巻懐の道

2016年1月8日

白川、孔子伝、中公文庫、1991年(オリジナルは中公叢書1972年)

巻懐とは所与を超えることである。そこでは、主体が所与を規定する。それは単なる退隠ではなく、敗北ではない。ましてや個人主義的独善ではない。(白川、同書、p171)

天命・徳・仁というような儒教の根本思想は、その具体的な実践を通じてのみ、獲得される。(白川、同書、p171)

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 孔子教団の性格は、そのような出発からいって、当然反体制的であった。孔子の指導するこの教団は、はじめ現実の場で政治を争った。しかし現実の場で争うことは、また対者と同じ次元に立つことである。その意味では、孔子の亡命は、この教団に新生の機会を与えるものであった。もっともそれは、孔子の偉大な人格、その思索と実践とによって、生死の間にえられたものであるが、、その消息を知るものは、顔回など二三の高弟にすぎない。天命・徳・仁というような儒教の根本思想は、その具体的な実践を通じてのみ、獲得される。これを体験的にとらえることは、実際にはおそらく不可能であろう。「人の知ることなき(学而)」世界である。そこに巻懐の道が生まれる。
 巻懐とは所与を超えることである。そこでは、主体が所与を規定する。それは単なる退隠ではなく、敗北ではない。ましてや個人主義的独善ではない。その思想は、やがて荘周によって、深遠な哲理として組織される。儒墨が儒侠・墨侠に堕落してゆくなかで、巻懐者の系譜はまた、思想史的に大きな役割をもつのである。(白川、同書、p171)

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巻懐: まいてふところに入れる。才能を隠して外にあらわさないことをいう。▽「論語」衛霊公篇の「邦無道則可巻而懐之=邦に道無ければ則ち巻きてこれを懐にすべし」から。(ウィキより引用)

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