亡命生活のような、体制の圏外にある場合に、主体はむしろその自由を回復する。

2016年1月8日

白川、孔子伝、中公文庫、1991年(オリジナルは中公叢書1972年)

そこでは死生の間にあって、生命をも賭した教学の実践化・純粋化が行われた。

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 人は所与の世界に生きるものであるが、所与はその圏外に去ることによって変わりうるものである。また同時に、主体としての所与への関与の仕方によっても、変わりうる。むしろ厳密にいえば、所与を規定する者は、主体そのものに外ならないともいえよう。殊に亡命生活のような、体制の圏外にある場合に、主体はむしろその自由を回復する。体制の中では反体制としてのみ措定される可能性が、ここでは自由である。可能性は限りなく高められ、純粋化される。孔子が周公を夢にみることができたのは、おそらくそのときにおいてであろう。所与の限界性を破りうるものは、天であった。孔子が天命を自覚したというのも、おそらくそのときであろう。「五十にして天命を知る(為政)」ということばは、必ずしも年齢的な限定をもつものでない。・・・私は(それを)やはり「斯文(子罕)」への自覚であったと思う。現実の枠の中で反体制者として出発した孔子は、ここにその現実を超える。孔子の亡命生活は、孔子をその反体制的な呪縛から解放したのであった。
 このような立場においては、可能性は無限であった。孔子のそういう内面的な変化を、俊敏な弟子たちが感受しないはずはなかった。孔子はやむことのない自己追求に身を投じている。それに従うことは、弟子たちには容易なことではなかった。(白川、同書、p160)

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・・・孔子はこの亡命によって、人間としての可能性を窮める機会を得たのである。もし孔子が、魯国の一政治家としてその地位を保ちえたならば、あるいは鄭の子産、斉の晏子のような、賢人政治家としての名を残すことはできたであろう。しかし、周公を夢にみることは、はたしてできたであろうか。斯文をもってみずから任ずることは、はたしてできたであろうか。もっとも孔子は、この亡命中を、「夢と影」の中でくらした。理想と現実との相克の中に身をおいたが、しかしすべてのものは、そのようなきびしい矛盾の克服を通じてのみ、成就しうるのである。(白川、同書、p162)

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