巻懐; 六十にして五十九年の非を知る

2016年1月9日 土曜日

白川、孔子伝、中公文庫、1991年(オリジナルは中公叢書1972年)

衛に於いては蘧伯玉(きょはくぎょく)

蘧伯玉(きょはくぎょく) 巻懐(けんかい) 六十にして五十九年の非を知る

「衛霊公篇」に、孔子が蘧伯玉(きょはくぎょく)を評して、「君子なるかな、蘧伯玉。邦に道あるときは則ち仕へ、邦に道無きときは、則ち巻きて之を懐(おさ)むべし」といった語を録する。巻懐ということは、それまでの孔子にはみられないことであった。孔子の回心には、この蘧伯玉(きょはくぎょく)の生きかたが、はたらいていたかも知れない。(白川、同書、p163)

 蘧伯玉のことは、「荘子」に散見する。則陽篇に、「蘧伯玉は、行年六十にして、六十たび化す」とあり、六十にして五十九年の非を知るとされた人である。・・・(中略)・・・荘周は儒学に精しかったとされるが、その学はあるいは顔氏の儒から出ているかも知れない。おそらく孔子亡命中の学が、その地に伝えられたのであろう。

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補注:

巻懐 けんかい 才能をあらわさない 「君子なるかな、蘧伯玉。邦に道あるときは則ち仕へ、邦に道無きときは、則ち巻きて之を懐(おさ)むべし」(白川、字通、p188)

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参考: 以下は、「合同会社琉球の未来」さんのブログサイト http://ryukyunomirai.com/e5320785.html より抜粋引用:

『行年五十にして四十九の非を知り、六十にして六十化す。』

『君子なるかな蘧伯玉。邦に道有れば即ち仕え、邦道無ければ即ち巻きて之を懐(ふところ)にすべし。』「衛霊公第十五」

『蘧伯玉、人を孔子に使いせしむ。
孔子、之に座を与えて問いて曰く、
夫子(ふうし)何をか為す。
対(こた)えて曰く、夫子は其の過ちを
寡(すくな)くせんと欲して
未だ能(あた)わざるなり。使者出(い)づ。
子曰く、使いなるかな、使いなるかな。』憲問第十四

<以上、引用終わり>

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補注: 五十で四十九の非なのか、六十で五十九の非なのか、両者の誤差は5%未満ではあるが、「荘子」の対応する原文に遭遇した時点で確認しておきたい。今年のお正月で五十九歳を迎える私としては、ほんの少しこだわりが・・・

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