漢字の音訓は韓語だけか万葉仮名だけで一貫しなければならない

2016年3月10日 木曜日 曇り

姜吉云(カンキルウン) 万葉集歌の原形ーーーその発生と再生 三五館 1995年

韓語と照合し難解語を解読しようとする試み自体はよかったが、手法が非語学的だった

もし純韓語で詠まれた歌があったとすればそれは前述したように、新羅が三国を統一した直後に百済や高句麗から渡来した高貴な身分の人物の作品に限られると考えられます。特に「万葉集」の編纂の時期が国家意識の高揚された時期と同時代ですので、それらの作品を排除するには恐れ多い王族関係者でない限り、純韓語で詠まれた歌は編纂の際その採集から除外されたと考えるべきです。ただ「記紀」の中の「わざうた」(童謡)は時局を風刺する歌ですから、作者も露出するのを避ける目的で渡来人社会のみで流行するように韓語で詠まれたものも多くあったと考えられます。・・そして、ことを万葉集歌に限定した場合、純韓語で詠まれた歌は私の研究によれば一首(巻一の九番歌、額田王作)のみで、李寧煕氏の「もう一つの万葉集」で述べられているように万葉集歌のことごとくが純韓語で詠まれているというのは、とんでもない間違いです。しかし、再度述べるように、文法構造自体は日本語形式であるものの、語彙の面において、古代韓語(土着韓語・ドラヴィダ系言語並びに少数のアルタイ系言語を含む)と対応する語彙が相当数あったのは間違いなく、いわゆる「枕詞」がその代表的なものです。(姜吉云 同書、p40)

韓語と照合し難解語を解読しようとする試み自体はよかったのですが、その手法があまりにも非語学的非文学的でした。つまり、朴炳植(パク・ビョンシク)氏や李寧煕(イ・ヨンヒ)氏の手法は「非語学的」で、二人ともに援用された韓語の誤報や、語彙のほとんどが現代の慶尚道の方言や全羅道の方言であり(その方言でさえ正確に把握していません)、また万葉集歌の表記を音読する場合に、万葉仮名と韓字音を混合して使用したばかりでなく、訓読する場合にも韓日の両訓を混合して使用しており、さらに韓字音で訓んだ場合、現代の漢字音を使用し、どう考えても原文の音韻との対応が疑わしい韓語を無理にあてるなど、言語学的な配慮がまったくはらわれていません。・・学問的な究明もなしに万葉の時代から千数百年後の現代の言語で解読しようとするのは無理な話です。・・日本は島国のせいもありましょうが、人々は保守的でしかも国家意識が高く、上古代から密接な関係にある隣国についてよく理解しようとしなかったことや古来韓語を専門的に研究した人があまりいなかったことが、これらの根拠のない書物がはびこるようになった原因です。私がなぜこのようなことを述べたかといいますと、こうした事実をあきらかにし、日本の読者には古代文化の基である韓国と共存するという意味においても、韓語や韓国により深い関心を持っていただきたいと思うからです。 ・・朴炳植氏と李寧煕氏が対象とした歌謡の中で、私の考察により全文が韓語で詠まれたと思しき歌を選んでみますと、いまのところ「日本書紀」の第一〇七・一二二番歌(このほかにも存在する可能性がある)と、「万葉集」の第九番歌の三首です。(姜吉云 同書、p116-117、p118)

「万葉集」第九番歌
・・私自身も、この歌は全文を韓語で訓むべきだと考えてはいますが、その意味は氏(李寧煕さん)が読んだような内容ではなく、しかも性愛とは関係ありません。・・李寧煕氏の解読についてその非学術性・非論理性を論破したいと思います。・・・以下、略・・・ 少なくとも韓語で全文を書いた時にはそこに使用した漢字の音訓は韓語だけか万葉仮名だけで一貫しなければならないと思います。また反対に日本語で全文を書いた時にはそこに使用された漢字は日本語(借用語を含む)の音訓だけで訓み通さねばなりません。(姜吉云 同書、p121、p130)

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補注 朴炳植さんは、ウィキペディアによると・・・
朴 炳植(パク・ビョンシク、1930年 – 2009年12月)は、韓国の言語研究家。

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