民俗学

産屋:古代日本人における生誕の原理

2016年12月28日 水曜日 曇り

吉野裕子 吉野裕子全集 第1巻 扇/祭りの原理 人文書院 2007年(オリジナルは、扇の初刊が1970年、祭りの原理が1972年)

産屋ーーー古代日本人における生誕の原理ーーー

古代日本人における人間生誕の原理:
(一)古代日本人は人間誕生のいきさつをいかにかんがえたか。
(二)現実に人が誕生したとき彼らはいかにそれを扱ったか。
(三)その扱い、つまり出産儀礼から何が察せられるか。

東方の柛界から、西方の人間界に境を異にして生まれ出るためには、
1 男女両性の出会い
2 狭く暗い無音の穴、母の胎に
3 一定期間
4 こもること
が必要なのだ。この四つの条件が人間、ひいては生物一般の生誕に不可欠のことだと古代人は観たのである。しかし、中でも最も重視されたのは「母の胎」という穴である。一つの世界から他の世界へ出るためには洞穴が必要なのだ。(吉野、同書、p194-195)

・・ここにたびたび持ち出した気であるが、これは従来「魂」といわれているものに当たるかと思う。「魂」という言葉を私が避けるのは、「魂」というと何かそこに精神の凝ったようなものが感じられる。「気」とはもっと即物的な、簡単なもので、その生物体をとりまいて存在する、要するにただ「気」なので、そのちがいをはっきりさせたいためなのである。しかも、この「気」が意外と曲者で、この気が移り動くことによって、その人の運命もかわってしまうほど重要なものなのだ。にもかかわらず、すぐ人について行ってしまったり、外界の影響をうけることが夥しい。そんなものである。・・(吉野、同書、p211)

古代日本の親達は脱皮を繰り返して美しく成長することを子供たちに願った。その心の願いは、海の青波の中にゆれ動く蟹の脱け殻のイメージと重なり合っている。生後七日目の一続きの行事の中には安堵と安らぎの中にこの願いがうかがえるのである。・・蟹と産屋、あるいは新生児との縁は遠く神代にはじまっている。・・本土の変化は迅速だった。南西諸島に今も残る蟹の習俗の方が、一一〇〇年前に記録された本土の神話よりも古俗を伝えていると思われる。(吉野、同書、p216)

*****

********************************************

RELATED POST