ヘッセ 庭でのひととき:一区画の土地に責任をもつ

2017年2月4日 土曜日 晴れ

ヘルマン・ヘッセ 庭仕事の楽しみ フォルカー・ミヒェルス編 岡田朝雄・訳 草思社文庫 2011年 (訳本のオリジナルは1996年、草思社)

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・・その生活は、精神的でも英雄的でもないけれど、まるで失われた故郷のように、あらゆる精神的な人間とあらゆる英雄的な人間の心をその本性の核心でひきつけるなぜなら、それは最古の、最も長く存続する、最も素朴で最も敬虔な人間の生活だからである。つまり土地を耕作する者の生活、勤勉と労苦にみちてはいるけれど、性急さがなく、本来憂慮というもののない生活なのだ。なぜならば、その生活の根底をなすものは、信仰であり、大地、水、空気、四季の神性に対する、植物と動物の諸力に対する信頼だからである。
 私は、・・・(中略)・・・ こんなに落ち着いて永遠に変わらぬように見える色彩にあふれた豊かな景色を、黄金色の桑の木の梢越しにいつまでも眺めていたいと思う。(1931年)(ヘッセ、同書、一区画の土地に責任をもつ、p144)

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・・他者を改善し 世界を教育し 歴史を理念によって形成しようとする
あの情熱 あの激しい欲求をも 人は鎮めなければならない。 なぜなら
残念ながら世界はやはり そういう高貴な精神をもった人の衝動でさえ
ほかのあらゆる衝動と同様に 最後には流血や 暴力行為や
戦争へと導くようにつくられているからだ。
そして賢明であることは あくまでも賢明な人たちの錬金術であり遊戯である。
それに対して世界は より粗野でより激しい衝動に支配されるのだ。
だから私たちは欲をかくのはやめよう。そして 窮迫した時代にも
できるだけ世界の成り行きに あの魂の平安をもって臨もう。
古代の人たちが称揚し得ようとつとめた魂の平安を。そして私たちは善をなそう。
すぐさま世界を変革しようなどと考えずに。これもまた行う価値のあることだ。(補註$$)
(ヘッセ、庭でのひととき、同書、p176; 補註:1935年に書かれた叙事詩。ヘクサーメター長短短六歩格という詩形で書かれている。補註##)

補註## 1935年当時、ヘッセ58歳。
 ヘッセはニノン・ドルビンと1931年に結婚(ヘッセ、54歳)。モンタニョーラ村の土手の南斜面に建てられたカーサ・ロッサに住んでいた。そこは、ルガーノ湖の対岸のイタリア領にそびえる連山を展望できるすばらしい眺めの場所にあった。(フォルカー・ミヒェルス、編者あとがき、同書巻末、p355-357より抜粋)

補註$$ 「すぐさま世界を変革しようなどと考えずに」
本ウェブで最近紹介したチャペック氏の「発展はどこをめざすか(1938年)」にも同様の考え方が述べられています。ご参照ください。(チャペック 発展はどこをめざすか 2016年12月23日付けの当ウェブサイト)

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