加地伸行 哲人・哲学者・哲学史家

2017年2月5日 日曜日 晴れ

加地伸行 儒教と老荘 (加地伸行編・「老荘思想を学ぶ人のために」) 世界思想社 1997年

 哲人があり、哲学史家がいる。その重なりあうところ、見た目では中間のところに哲学者がいる。(加地、同書、p81) <老荘思想を学ぶ>スタートラインに立つとき、二つの大きな道(哲人型と哲学史家型)が待っていることを十分に知っておくべきであろう。(同、p84)

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人間が短い一生の中で、自分のことを問い、人間について考え、世界について思いをいたす営みーーーそれは哲学的関心である。それを推し進めるとき、その人は哲学者となる。いや、職業的哲学者になるのみではないから、「哲人」と呼ぶべきであろう。
 過去に多くの哲人が各地にいた。たとえば孔子がそれである。その哲人が残したことばを対象にして研究を行う職業的研究者がやがて登場する。哲学史家と言ってよい。・・・(中略)・・・
 この哲人と哲学史家との中間にいる人、あるいは、哲人と哲学史家とが重なりあっているところにいる人、こういう人を「哲学者」と呼んでよいであろう。・・
 哲人は哲学フィロソフィーに、哲学史家(文献学者・文献実証主義者)は歴史フィロロジー(文献)に主たる関心があり、哲学者は哲学そのものと歴史的実証との重層の中にいると考える。(加地、同書、p77-78)

補註 フィロロジー philology 三省堂英語語義語源辞典によると・・
一般義 古文書や文学作品などを研究する文献学
その他(古風な語) 言語を歴史的にまたは他の言語と比較して研究する(歴史・比較)言語学(現在では linguistics のほうが一般的にも用いられる)。
philology (= love of learning)
philos loving + logos word

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 さて、実は、中国哲学という学問に常につきまとっている問題と悩みとこそは、この哲人と哲学史家との関係のそれなのである。
 「中国哲学」ということばにおいて、常に二つの引っ張りあう力が働いている。一つは「中国」へ、いま一つは「哲学」へ、である。(加地、同書、p79)

・・いわゆるアカデミズムの流れにある研究者の大半は、地域学としての中国学志向であり、文献実証による哲学史家である。これに反して、非アカデミズムに立つ、いわゆる<東洋思想家>は、哲学への強烈な関心を持つ自己思索型哲人である。・・アカデミズムと非アカデミズムとの断層はきわめて大きく、それを埋めることは不可能なようにみえる。いみじくも「論語」はこう言っているではないか、「学んで思わざれば則ちくらし。思うて学ばざれば則ちあやうし」(為政第二)と。類比的に言えば、「学ぶ人」とは哲学史家系のことであり、「思う人」とは哲人系のことであろう。
 さて、<老荘思想を学ぶ人>とは、上に意味での「学ぶ人」なのであろうか、「思う人」なのであろうか。ここが勝負どころである。・・だから、まず自分がどういう傾向にあるのかということを確かめるところから出発するのがよい。哲学史家として文献実証的研究をするのか、あるいは哲人として哲学的思惟を深めてゆくのか、といった自覚をもつことである。これが最も大切である。
 そうした自覚が行われたあと、もう道は自然と二つに分かれて前にあると言ってよい。歩んでゆく道は定まっている。もちろん、両者に上下はない。
 しかし、そういう自覚をしている人は実は少ないのである。(加地、同書、p79-80)

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寡黙の「老子」と饒舌の「論語」
思想の本質から言って、「知る者は言わず、言う者は知らず」(「老子」第五十六章)と老荘思想が寡黙であるのに対して、儒家思想は饒舌である。「論語」は、学を好み、知を問うことの洪水である。もっとも「荘子」も饒舌ではあるが、そのあとに続くものはいない。これに反して、儒家系は饒舌を重ね、つぎつぎと文献を生んでゆく。・・・(中略)・・・
 さらに言えば、老荘思想には文献離れをせざるをえない本質があるからである。それは教育をめぐって鮮明である。儒家思想では教育を重視するので、教育方法や課程といったことを自覚する。・・こうなると、文献という事実に依りかかることとなり、おのずから文献の形式踏襲となりやすく、ともすれば問題の内容的理解よりも形式的理解が中心となる。こういう傾向は、孔子の没後の儒家に早くも現れる。そこで、こうした欠点を衝いて、形式的理解ではなくて、内容的理解へ、内容そのものへ直接跳びこむことを良しとする傾向が「老子」にあり、行きつくところ、文献から離れざるをえなくなる。「学を絶たば、憂いなからん」(「老子」第二十章)とはそのことであろう。(加地、同書、p82-83)

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