エミリ・ブロンテ 嵐が丘

2017年4月30日 日曜日 曇り・午後4時頃より雨降り続く

エミリ・ブロンテ 嵐が丘 中岡洋・芦澤久江訳 ブロンテ全集7 みすず書房 1996年(原作初版は1847年)

補註 物語の始まりは1801年の秋の終わりか冬の始まり頃。語り手のロックウッドが、大家のヒースクリフからスラッシュクロス・グレインジを賃借するところから始まる。ヒースクリフの住まいは嵐が丘(ワザリング・ハイツ Wuthering Heights)。

「ワザリングというのは嵐のときにその場所がさらされる大気の荒れ具合を謂う、この地方独特の意味の深い形容詞だ。なるほどあそこは澄んですがすがしい風がしょっちゅう吹きまくっているにちがいない。(E.ブロンテ、同書、p5)

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確かに階段を昇ると呼吸が非常に荒くなること、ふいにちょっとした物音がしても身顫いをすること、ときどきたちの悪い咳をすることには気づいていましたが、こうした徴候が何の前兆であるのかまったく知りませんでしたので、彼女(=ヒンドリーアーンショーの若妻フランセス1777年結婚)に同情したい気持ちなどさらさら起こってきませんでした。普通このあたりではね、ロックウッドさん、向こうさまから先にわたし(当時アーンショー家の召使い・家政婦ミセス・ディーン)たちのことを好きにならないかぎり、よその人を好きになったりはしないのです。(E.ブロンテ、同書、p69)

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(ヒースクリフに対する)ヒンドリーの扱いは聖者でも悪鬼にしてしまうに足るものでした。そしてほんとうに、その時期にはあの若者のヒースクリフはまるで何か悪魔的なものに取り憑かれているように見えたものです。彼はヒンドリーが救いがたいほど堕落していくのを目の当たりにして喜んでいました。そして粗暴な不機嫌さや獰猛さが日に日に目につくようになっていくのでした。(同書、p102)

彼女(=キャサリン・アーンショー)は野心満々だったからです。--そして誰かを騙そうと言うつもりは全然ないのに、二重の性格を身につけていったのです。(同書、p104-105)

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補註 アーンショー家の召使い・家政婦ミセス・ディーン:この物語の主要な語り手
エレン(愛称は、ネリー、ネル、など)フランセスはエレンと呼び、キャサリンはネリーと呼び、ヒースクリフはネリーまたは時にエレンと呼び、ヒンドリーは時にネルとも呼ぶ。
ヒンドリー・アーンショーの乳兄弟(ということは、ネリーの母が、ヒンドリーの乳母をしていたということだろう)。(同書、p101)
フランセスが産後亡くなってからは、ヘアトン・アーンショーの乳母。
エドガー・リントンとキャシーが婚約した時点で22歳(同書、p122)。
キャサリンがリントン家にお嫁に行くときにキャサリンの家政婦として付いていく(嵐が丘からスラッシュクロス・グレインジへ移る;18年前、つまり1783年)。
1801年時点で、スラッシュクロス・グレインジの「家といっしょにまるで備品のように雇われている家政婦の落ち着きのある女性(同書、p12)」と紹介されている。

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・・彼には立ち去って行くだけの力がありませんでした--
 ああ、彼は救いがたい--運命は決まっている、そしてその宿命に向かってまっしぐらに飛んでいくしかないのだ! とわたし(=ネリー)は思いました。(同書、p113)

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「どちらの場所に魂が住んでいるにしても--あたし(=キャサリン)の魂とあたしの心で、自分は間違っていると確信しているの!」(同書、p124)

「・・ネリー、彼(=ヒースクリフ)があたし(=キャサリン)以上にあたし自身だからなの。あたしたちの魂がなんでできていようと、彼のとあたしのとは同じもので、リントンのは月光が稲妻と、霜が火と違うほどに違っているのよ」(同書、p127)

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2017年5月16日 火曜日 雨

補註 S市中央図書館にて、翻訳書、読了。

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