バルザック ニュシンゲン銀行ーー偽装倒産物語

2017年4月6日 木曜日 曇り

バルザック ニュシンゲン銀行 「人間喜劇」セレクション 第7巻 金融小説名篇集 吉田典子・宮下志朗訳 藤原書店 1999年 (「ニュシンゲン銀行」は1837年)

ラスティニャックという男は、パリに出てきた当初から、社会全体を軽蔑するよう導かれたんだ。一八二〇年以来、彼は男爵(=ニュシンゲン)と同様に、立派な紳士(オネットム)というのは外観だけにすぎないと悟り、世界はあらゆる腐敗とあらゆる詐欺の集合であると見なしていた。たとえ例外もあるということを認めてはいても、全体としてはそうだと考えていた。彼はいかなる徳義も信じてはいず、ただ人間が徳義を持てる状況だけがあるのだと思っていた。このような見識は彼が一瞬にして得たものだった。つまりそれは、彼がペール=ラシェーズの丘の上に、ある気の毒な正直者(=ゴリオ爺さん)の亡骸を運んだその日に、獲得されたものだった。・・・(中略)・・・ ラスティニャックはこの世界全体を手玉に取り、そこに徳義と誠実さと礼儀正しさの正装をまとって立つことを決心した。利己主義がこの若い貴族を、全身、上から下まで武装させたんだ。(バルザック ニュシンゲン銀行、同書、p182)

補註 ラスティニャックもニュシンゲンも「ゴリオ爺さん」に出てくる主役と脇役、つまり、それぞれ主要登場人物群の一人である。そして、このニュシンゲン銀行でも盛んに出てきて活躍ないし暗躍する。バルザックの創案した「登場人物の使い回し」の技法である。読者は「ゴリオ爺さん」を読み終えた後も、「これでバルザックは一生読まなくても済むぞ」という満足感に浸らしてはもらえない。そこに登場する数々の人々が、そこに至るまでにどのように生きてきたのか、その後どのように生きていくのか、まるで「人まね小猿」(お猿のジョージ)のように「知りたがり」になるように仕組まれてしまうのである。バルザックの罠と呼んでもよいかもしれない。

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