バルザック 骨董室ーー手形偽造物語

2017年4月13日 木曜日 雪

バルザック 骨董室ーー手形偽造物語 「人間喜劇」セレクション 第7巻 金融小説名篇集 吉田典子・宮下志朗訳 藤原書店 1999年 (「骨董室」オリジナルは1838-39年ごろの出版・出版までには書き直しその他複雑な経緯があったとのこと)

かくして彼(=ヴィクチュルニアン)の生活は、二ヵ月前から、モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」(パリでの初演は1811年といわれる)の不滅のフィナーレに似ていた。ちょうどヴィクチュルニアンがもがいているような状況に至った青年たちならば、この音楽に畏怖を覚えるにちがいない。仮に音楽の無限の力を証明するなにかがあるというのなら、それは、快楽にのみ溺れる生活から生じる混乱と苦境とを、モーツァルトの音楽は至高のものに翻訳できるということであろう。これは借金、決闘、ペテン、不運などに酔いしれるという、おそろしい決意の描写にほかならない。「ドン・ジョヴァンニ」におけるモーツァルトは、モリエールの恰好のライバルなのだ。熱烈で力強く、絶望的にして、陽気で、おそろしい亡霊やいたずら好きの女たちがたくさん登場する終曲、夜食のワインにあおられての、最後の試みへの思いと、必死の抵抗で盛りあがる終楽章、ヴィクチュルニアンはたったひとりで、この地獄絵のごとき楽曲のすべてを演奏していた。ふと気づくと、彼は捨てられて、たったひとり、友だちもなしに、まるで魔法の書の巻末のように「終わり」と刻まれている石の前に佇んでいるのだった。そうだ、彼にとってはすべてが終わろうとしていた。(バルザック、同書、p371)

補註 物語の時刻は、「1823年から24年にかけてのこと。冬のはじめにヴィクチュルニアンは、ケレール紹介に20万フランの借金をこしらえたが、シェネルもアルマンド嬢も、このことはいっさい知らなかった。」(バルザック、同書、p359)ーーー1フラン500円から1000円としても、20万フランは今でいう一億円ないし二億円。補註者の日常生活感からはまさに気が遠くなりそうな額だが、これほど末尾にゼロが多く付着してくると、有効数字の桁をそろえ指数を使って計算しないと習慣上(また間違いそうでもあり)不安である。せめてレポレッロに扮したつもりになってこの計算を冷静に行ってみる。

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・・しかしながら公爵夫人(=ディアーヌ・ド・モーフリニューズ夫人)のごとき女性にあっては、もっとも高尚な感受性にまで到達できると同時に、もっとも身勝手な冷淡さを発揮することもあるのだ。モリエールの数ある栄光のひとつは、ひとつの側面からとはいえ、こうした女性の性質を、「人間嫌い」のなかでセリメーヌという、かれが大理石で彫り上げた最高の彫像のうちに、みごとに描き出したことにある。(補註**)セリメーヌは貴族的な女性を代表している。フィガロという、パニュルジュの再来が、民衆を代表しているごとく。(バルザック、同書、p374)

補註** いつもながらバルザックの視点の目指すところは、「人間嫌い」という物語の進行の面白さよりも、登場人物の造型の妙にある。ミザントロープの主人公に関しては、バルザックはどう評価しているだろうか。読書が進めばいずれは邂逅できそうだ。

補註 パニュルジュ: 「パンタグリュエルの分身とも云へるパニュルジュは性的な面を一身に荷なひ、卑猥な言動を隠れ蓑にスコラ学への辛辣な当て擦りを展開して作品の要を果たす」とのこと。ラブレーはまだ読んだことがないので宿題とする。「フィガロの結婚」のパリ初演は1784年、3年の禁止期間の後とのことーーこれは、このバルザック本の訳注で初めて知った。「ドン・ジョヴァンニ」のパリでの初演は1811年としたら、「ドン・ジョヴァンニ」はモーツアルトの死後ずいぶん経ってから漸くパリで上演されたということになる。

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