餌付けをなくすことが野生動物の保護になる

2017年8月25日 金曜日 晴れ

井上雅央(いのうえまさてる) これならできる獣害対策 農文協 2008年

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 たまにはね、「豊かに色づいたカキは秋の風物詩やから、わしゃ切らんぞ−」みたいなこという人も中にはいてますけどね。手入れもされん、あわれな樹形で収穫もされんと、木の上で熟したりヘタムシにやられて腐ってるカキほど情けないモンないですよ。手入れされて、時期がきたらきちんと収穫されて木なりの一個だけ鳥のために残してある、そんで今度は干し柿が軒に並ぶいうんがホンマの風物詩ですよね。
 そっちが絵になる風景だけに、獣害助長して景観まで損ねとる木のほうは切りたいんですよね。収穫する木は一〇〇歳超えても車椅子になっても管理できる樹形や圃場に改善してきちんと守る。景観上残したい木もできるだけ収穫して、もしサルがきたときはきちんと花火で追う。どっちもできん木で、いつも獣のエサになっとる木はできるだけ切る。
 そういうふうにみんなが心に決めるだけで、その集落、動物からみたら行きにくい、住みにくい集落にかわっていくんですね。そういうふうになってこそ、いろんな柵とか、脅かしとか、有害駆除とかの努力が実る環境いえるんです。(井上、同書、p146-7)

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餌付けをなくすことが野生動物の保護になる
・・集落や道路で一番目のエサやろうが二番目のエサやろうが、とにかく食わせてしもうたから、山ん中で必死で身につけて子供に伝えてきた食文化、失っていきよるんですよ、あの子らは。・・・(中略)・・・
 道路、河川、集落のような、人間が手を加えたところへ出てきた連中だけが加速度的に増える。けど山で生活する文化、人間が餌付けして失わせてるでしょ。そうしたら増え過ぎたり追われたりした連中の行く先は、やっぱり人間が手を加えた別の集落しかない。そういう連中が獣害引き起こしとるいうこと、肝に銘じんとダメですよ。
 そうならんようにするにはね、心を鬼にして動物に「人間は怖い。集落はエサがあるけど盗りにいったらエライ目にあう」いうこと、思い知らすのが被害防止やし、動物保護や思うてください。石投げるのも、棒で追いかけまわすのも、ロケット花火撃つのも、ひそみ場所なくすのも、被害防止だけやなしに、野生動物の保護やという誇りもってやらんとダメです。(井上、同書、p154-5)

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