真言の弥陀と法然の弥陀はその心不同なり

2018年1月27日 土曜日 雪

法然 一百四十五箇条問答 法然が教えるはじめての仏教 石上善應・訳・解説 ちくま学芸文庫 

一四四
一つ、真言の阿弥陀の供養法は正行(しょうぎょう)にて候べきか。
答う、仏体(ぶったい)は一つには似たれどもその心不同なり。真言教の弥陀はこれ己心(こしん)の如来、外(ほか)を尋ぬべからず。この教の弥陀はこれ法蔵比丘(ほうぞびく)の成仏なり。西方におわします故にその心大きに異なり。(法然、同書、p303)

真言宗では、己心の弥陀を論じ、この身このまま仏となるというのに対し、法然は、法蔵なる方が修行して阿弥陀仏となり、西方極楽浄土で説法しておられる。そこへ煩悩をそなえたまま凡夫(ぼんぷ)が往生するのであって、明らかに違うと説き示した。(石上、同書、p304)

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補註 (この場を借りて・・)
天才ギタリストの藤岡幹大さんが今月5日に亡くなられたことを今日、知った。藤岡氏のギターの教則本(補註#)を学び始めていたところであった。またユーチューブなどを通して、ソロやジャム、あるいはベビメタの神バンドなど、藤岡氏のハイレベルのギター演奏を楽しませていただいていた。ご冥福を心からお祈り申し上げます。

補註# 私が現在持っているのは、アドリブギター虎の巻〜ジャズフュージョン篇〜;脳内コードブック覚醒法の2冊。

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