亡者の追善には何事か勝利多き?

2018年2月23日 金曜日 晴れ

改訂 徒然草 付き・現代語訳 今泉忠義訳注 角川文庫 昭和27年(私の持っているのは改訂95版・平成21年)

亡者の追善には何事か勝利多き?

**

徒然草 第二二二段
・・亡者の追善には、何事か勝利おほき?
・・称名を追福に修して巨益(こやく)あるべしと説ける経文を見及ばねば・・本経のたしかなるにつきて、この真言陀羅尼をば申しつるなり。(同書、p170)

補註 乗願房宗源、法然の弟子。

死者の追善に称名念仏が役立つか否か? また、その根拠は?

補註 2018年2月26日 月曜日 曇り
阿満利麿 法然の衝撃 日本仏教のラディカル 人文書院 1989年
・・専修念仏における死者救済は、あくまでも自身が仏となり、その仏力をもってなされることがらなのである。そのような論理が可能になる根拠は、「世々生々の父母兄弟」という輪廻説にある。(阿満、同書、p215)

**

****

*****

********************************************

選択本願念仏集・法然の教え

2018年2月17日 土曜日 雪

法然 選択本願念仏集・法然の教え 阿満利麿・訳・解説 角川ソフィア文庫 平成19年(2007年)

法然が本願念仏に一筋に帰依したのは、単なる思いつきではない。自らが生きる現代という時代と、そこに生きる人間の質を厳格に問いただした上での結論であった。・・・(中略)・・・その客観的状況とは一言でいえば、末世という時代であり、凡夫という人間のあり方にある。・・・(中略)・・・時代の深刻さと人間への果てしない絶望を見据えるとき、阿弥陀仏の本願のほかに、残された道が見いだせるであろうか。(阿満、同書・解説、p268-269)

**

**

*****

********************************************

墓じまい・墓じたくの作法

2018年2月3日 土曜日 曇り

**

一条真也 墓じまい・墓じたくの作法 青春出版社 2015年

「迷惑」は建前、「面倒」が本音?
 ・・「迷惑」といえば他人のことを気遣っているようで聞こえが良いですが、実際は「面倒」というのが本音ではないでしょうか。(一条、同書、p35)

仏教よりも儒教と関係が深いお墓信仰
・・「死および死後の説明」を形にしたものこそ葬儀であり、特に儒教は葬礼を何よりも重視しました。(補註#)(一条、同書、p57)

補註# この個所では、加地伸行さんの著書をサイトすべきだと思う。残念ながら、本書ではここの本文中にも巻末の参考文献にも加地さんの本が引用されていない。
 これに関しては、たとえばDNAの構造に関してワトソン・クリック(さらにロザリン・フランクリンも・・)を引用することが(最も初等の教科書以外では)ほとんどの論文で省略されるように、あるいはクィーンの We will rock you! の作曲者がだれか知らない若者が今では当たり前になっているように、加地さんの本も常識・当たり前として定着していると考えればよいのだろうか。
 あるいは、やはり加地さんの本を一条さんがお読みになっていらっしゃらないと拝察申し上げた方が良いのかもしれない。本書をこの個所からさらに数ページ読み進めてゆくと、加地さんがいくつもの著作で丁寧に説明されている事柄(家の宗教としての儒教)が余り反映されていないように見受けられるからである。
 ・・と書きながら読み進めていたら、p70-72で加地さんの「土葬」と儒教に関するコメントと2冊の著作が少なからず詳しく紹介されていた。

**

***

********************************************

いかに手間を迷惑とさせない関係をお互いに築くか

2018年2月3日 土曜日 曇り

**

小谷みどり ひとり終活 不安が消える万全の備え 小学館新書266 2016年

死は自分だけの問題ではない:
 自分らしい最期をどう迎えるかという視点は、どう生きるかという問題を考えるうえでとても重要なのですが、同時に、遺される人たちに自分の死をどう受容してもらうかという観点からも、死の迎え方を考える必要があります。・・・(中略)・・・
 死にゆく側と遺される側はどちらも死の当事者なのですから、遺される人たちとこのテーマに関してよく話し合うことが大切です。(小谷、同書、p177)

**

・・「家族に迷惑をかけたくない」と考える高齢者は少なくありませんが、絆は迷惑のかけ合いから結ばれるものではないでしょうか。
・・・(中略)・・・
・・本人の努力なしには、縁を絆で結ばれた強固なものにすることはできません。「迷惑をかけたくない」と考えるのではなく、いかに手間を迷惑とさせない関係をお互いに築くかが問われているのです。
・・・(中略)・・・
・・「困ったときはお互いさま」。こうした絆が少しずつ結ばれていく社会でなければ、みんなが安心して老い、死んでいくことはできません。(小谷、同書、p178-179、p180)

**

 昨今、死に方や葬送の選択肢が増え、さまざまな情報が飛び交う反面、「どんな葬送がいいのか」「誰がやってくれるのか」という不安が増大してきたのは、持ちつ持たれつの互助関係が消滅し、社会の無縁化が進んできた結果、私たちは葬儀や墓など、サービスや財を購入する消費者の立場に置かれるようになったからにほかなりません。(小谷、同書、おわりに、p188)

*****

********************************************

<ひとり死>時代のお葬式とお墓

小谷みどり <ひとり死>時代のお葬式とお墓 岩波新書 1672 2017年

自主的な「縁づくり」活動を通じて醸成される関係性:
 つながりや関係性は自然には生まれないし、デメリットも教授するおたがいさまネットワークだ。・・・(中略)・・・ 死ぬ瞬間や死後の無縁が問題なのではなく、生きているあいだの無縁を防止しなければ、みんなが安心して死んでいける社会は実現しない。(小谷、同書、p202)

人と人とのつながりのなかで:
・・しかし昨今の現象は、死者とのつながりがないからこそのお葬式やお墓の無形化であって、これは、社会における人と人とのつながりが希薄化していることのあらわれでもある。そう考えると、お葬式やお墓の無形化は、信頼しあい、おたがいさまの共助の意識を持てる人間関係が築けない限り、ますます進んでいくだろう。(小谷、同書、p206)

**

精神的にも社会的にも孤立していれば、突然亡くなった場合に遺体の発見が遅れる、弔う人がいない、遺体の引き取り手がいないという状況に陥っても不思議ではない。お金がない、頼れる家族がいない、社会とつながりがないという「三重苦」を抱える人たちの増加で、これからますます、「悲しむ人がいない死」が増えていく。(小谷、同書、p167)

**

新しい関係性をどう築くか:
 もはや血縁・親族ネットワークだけでは、老い・病・死を永続的に支え続けることは不可能なところまで、社会は変容している。・・・(中略)・・・地域の人たちとのお互いさまネットワークを作るため、さまざまな取り組みをはじめる地域も出てきている。(小谷、同書、p171)

**

*****

********************************************