鐸木能光 新・マリアの父親

2018年5月3日 木曜日 雨のち曇り
鐸木能光 新・マリアの父親 2012年(原本1991年のリライト版)
メディアを使った情報ってのはパワーゲームなんだ。権力者が本当に知られたくない情報は、メジャーなマスコミには流れない。しかも俺は決定的な証拠を掴んではいないんだ。一度植えつけられた衝撃的な情報をひっくり返すのは大変なことだよ。それに・・(鐸木、同書、キンドル版1464/2728)

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亡者の追善には何事か勝利多き?

2018年2月23日 金曜日 晴れ

改訂 徒然草 付き・現代語訳 今泉忠義訳注 角川文庫 昭和27年(私の持っているのは改訂95版・平成21年)

亡者の追善には何事か勝利多き?

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徒然草 第二二二段
・・亡者の追善には、何事か勝利おほき?
・・称名を追福に修して巨益(こやく)あるべしと説ける経文を見及ばねば・・本経のたしかなるにつきて、この真言陀羅尼をば申しつるなり。(同書、p170)

補註 乗願房宗源、法然の弟子。

死者の追善に称名念仏が役立つか否か? また、その根拠は?

補註 2018年2月26日 月曜日 曇り
阿満利麿 法然の衝撃 日本仏教のラディカル 人文書院 1989年
・・専修念仏における死者救済は、あくまでも自身が仏となり、その仏力をもってなされることがらなのである。そのような論理が可能になる根拠は、「世々生々の父母兄弟」という輪廻説にある。(阿満、同書、p215)

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選択本願念仏集・法然の教え

2018年2月17日 土曜日 雪

法然 選択本願念仏集・法然の教え 阿満利麿・訳・解説 角川ソフィア文庫 平成19年(2007年)

法然が本願念仏に一筋に帰依したのは、単なる思いつきではない。自らが生きる現代という時代と、そこに生きる人間の質を厳格に問いただした上での結論であった。・・・(中略)・・・その客観的状況とは一言でいえば、末世という時代であり、凡夫という人間のあり方にある。・・・(中略)・・・時代の深刻さと人間への果てしない絶望を見据えるとき、阿弥陀仏の本願のほかに、残された道が見いだせるであろうか。(阿満、同書・解説、p268-269)

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