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「史記」:事実を直書する狂惑の書

2016年1月13日 水曜日

白川静 狂字論 文字遊心 平凡社ライブラリー1359 1996年

高後女主稱制,政不出房戶,天下晏然。

その本紀の論賛に
 高后、女主にして稱制し,政(まつりごと)房戶を出でずして天下晏(あん)然たり。
と「老子」のいう無為垂拱の治がなされたとするが、この論賛部分は、おそらく遷の父司馬談が、その内容を予定して作っておいたものであろう。しかし腐刑の辱を受けた遷は、おそらく事実を直書して、はばかることがなかったのであろう。生前にその書が世に出されなかったのは、この書が事実を直書して、いささかも忌憚(きたん)することのない、狂惑の書であったからである。(白川、同書、p57)

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補注: 白川さんはここでは明言していないが、呂后の太史公曰つまり論賛部分に関しては、司馬遷が書いた部分が早い時期に失われたのであろうことを示唆しているのだろう。

補注 以下は史記・呂后本紀、末尾の原文 簫堯藝文網(繁體) http://www.xysa.net/a200/h350/01shiji/t-009.htm より引用。

  太史公曰:孝惠皇帝、高後之時,黎民得離戰國之苦,君臣俱欲休息乎無為,故惠帝垂拱,高後女主稱制,政不出房戶,天下晏然。刑罰罕用,罪人是希。民務稼穡,衣食滋殖。

  高祖猶微,呂氏作妃。及正軒掖,潛用福威。志懷安忍,性挾猜疑。置鴆齊悼,殘彘戚姬。孝惠崩殞,其哭不悲。諸呂用事,天下示私。大臣菹醢,支孽芟夷。禍盈斯驗,蒼狗為菑。

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