サローヤン 僕の名はアラム

2018年3月30日 金曜日 晴れ

ウィリアム・サローヤン 僕の名はアラム 柴田元幸訳 村上柴田飜訳堂 新潮文庫 平成28年(2016年) 原著は1940年(cf.「人間喜劇」は1943年)

・・大人が言ったら、その言葉の恐ろしさがさすがに耐えがたくなってしまう。本から世界を探求する営みを続けるがいい、お前が努力を怠らず目も持ちこたえるなら、六十七歳になるころにはきっと、その言葉の恐ろしい愚かさがわかるはずだーー今夜お前自身によってこの上なく無邪気に、かくも純粋なソプラノの流れに乗って口にされた言葉の愚かしさが。(サローヤン、同書、p122)

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Mrs Craddock by Maugham

2018年3月19日 月曜日 晴れ; 晴れてはいるが、ものすごい強風(秒速20メートルほどもあろうか)で、気温も1.5度と低い。

Mrs Craddock by W.Somerset Maugham

* Mrs Craddock
* By: W. Somerset Maugham
* Narrated by: Beth Chalmers
* Length: 10 hrs and 19 mins
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モームのクラドック夫人、読了(聴了)。バーサ Bertha Ley の結婚から夫の死までを描く。クラドック夫人は平凡な夫を愛さなくなってから最後には死ぬことさえ考えるが・・夫の突然の死(落馬による事故死)で物語が終わる。

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太宰治「おさん」と源氏の女たち

2018年3月17日 土曜日 晴れ

太宰治 おさん

昨夜、wis さんの朗読で太宰治の「おさん」を聴いた。

このお話を書いてからそれほどの年月が経たないうちに太宰の死があったことを考えると、太宰はこの小説で自分の死へのレールを敷いてしまったことになる。語り手の女性は(主人公の男の)妻であるので、この小説でも太宰は複雑な視点から主人公の男(不倫相手と諏訪湖で入水心中する)を見つめていることになる。

今、私は源氏物語の現代語訳を読んでいるところである。「おさん」の中で語られる妻の視点は、源氏物語の登場人物の女性の中に探り当てて措定することができそうな気がする。

たとえば花散里に。花散里は光源氏そして夕霧の「うら若き母親役」ともいえるかもしれない。

あるいは、ある時期(たとえば女三宮がやって来る前のどこか)の紫の上に。明石の上と源氏との間に生まれた姫君を紫の上が引き取って育てる。やはり、「うら若き母親役」ともいえるかもしれない。

「おさん」の中では、男が入水心中してしまうので、話はそこで終わる。しかし、もし心中することがなかったり、心中が不成功だったりした場合(たとえば不倫相手の女だけが死んで、男が生き残る、など)には、現実生活はどのように進んでいくのか。「おさん」作中の妻の女性はどうなるのか? すでに800年近くも前に書かれた源氏物語の登場人物の女性の生き方の中にすでに書き表されていたかもしれない、という予感がする。

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源氏物語・全現代語訳

2018年3月13日 火曜日 小雨

今泉忠義訳 源氏物語・全現代語訳 新装版 講談社学術文庫 1978年(新装版は2001年)

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夏の雨が静かに降って所在なさを感じる頃・・
御階(きざはし)の脚元(あしもと)の薔薇(そうび)がもう少し咲き初(そ)めて、却って春秋の花盛りの頃よりも、落ちついた趣のある頃なので、皆くつろいで合奏をなさる。 (今泉訳、同書第二巻 賢木 p93)

補註:
ユリと並んで、バラの花が描かれる。この頃も愛されていたのだ。白の一重の清楚な野バラの花を思い浮かべるが、ひょっとしたら薄ピンクのバラも植えられていたかもしれない。

ウェブ辞書によると・・ そう‐び〔サウ‐〕【×薔×薇】
1 バラ。バラの花。しょうび。《季 夏》
2 襲(かさね)の色目の名。表は紅、裏は紫。

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内侍(ないしのかみ): ウェブ辞書によると・・ ないし【内侍】
① 律令制で、内侍司の職員である尚侍(ないしのかみ)・典侍(ないしのすけ)・掌侍(ないしのじよう)の総称。本来は天皇の日常生活に供奉ぐぶする女官であるが、平安中期には、妃・夫人・嬪ひんら天皇の「妾」に代わる存在となり、また、単に内侍といえば、掌侍をさし、その筆頭者を勾当こうとうの内侍と呼ぶようになる。
② 斎宮寮の女官の一。他に女別当・宣旨せんじが知られる。
③ 安芸国厳島いつくしま神社に仕える巫女みこ。

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琴の琴(きんのこと)(今泉訳・同書第二巻・明石p228)

補註:琴の琴とは?
ウィキペディアによると・・・
箏(そう)は、日本の伝統楽器。十三本の糸を有するが、十七絃箏など種々の多絃箏がある。箏は一面、二面(いちめん、にめん)と数える。弦楽器のツィター属に分類される。
一般的に、「箏(こと)」と呼ばれ、「琴(きん)」の字を当てることもあるが、「箏」と「琴」は別の楽器である。最大の違いは、箏は柱(じ)と呼ばれる可動式の支柱で弦の音程を調節するのに対し、琴は柱が無く弦を押さえる場所で音程を決める。ただし、箏の柱(箏の駒)は「琴柱」とするのが一般的で(商品名も琴柱)、箏の台は琴台(きんだい)と必ず琴の字を使う。

琴(きん、こと)とは、日本の伝統楽器。日本で「こと」と呼ばれる楽器は、(1)琴(きん)、(2)箏(そう)、(3)和琴 (わごん)、(4) 一絃琴(須磨琴)、(5) 二絃琴 (八雲琴) がある。
(1)琴(きん)と(2)箏(そう)は混同されることがあるが、両者の違いは、(1)琴は弦を押さえる場所で音程を決める(和琴は柱を使う)。(2)箏は柱(じ)と呼ばれる可動式の支柱で弦の音程を調節する。いずれも、指にはめた爪(ピック)または指(あるいは手の爪)で弦を弾いて音を出す。[1]

和琴とは別に、奈良時代に渡来した「琴」(きんのこと)は中国宮廷内の祭祀にまつわる楽器として、弦楽器(古代日本では、人間が息を吹き込まねば演奏できない管楽器よりも高尚なものとされた。当時弦楽器はすべて「○○のこと」と呼び習わされる)の中でも重要視されていたらしい。平安時代の『うつほ物語』では琴の伝授が物語の主軸の一つであり、また『源氏物語』にも登場するが、醍醐天皇~村上天皇の治世がモデルと推測される作中世界においても「琴のこと」の奏者は少数しか登場しないなど、早くに廃れていたことが解る。ちなみに源氏物語に登場する奏者は、主人公で臣籍降下した皇子光源氏やその弟の蛍兵部卿宮・宇治八の宮、また源氏の妻の内親王女三宮とその子薫、常陸宮の娘末摘花、明石の御方(母が中務宮の孫)など、多くが皇族または皇室に深いかかわりを持つ人物である。

琴という言葉  このように、元来、和語(大和言葉)の「こと」という言葉は、現在の和琴の元となった弥生時代以来の「こと」から発して、奈良時代以降大陸から多数の弦楽器が渡来したとき、それら弦楽器全般を総称する言葉ともなった。この「琴」という字を「こと」と訓じ、「箏」の字が常用漢字で無いことから「箏のこと」で用いる柱を琴柱(ことじ)と言ったり、箏の台のことを琴台(きんだい)と言ったり、箏曲を教える人が広告などに「琴曲教授」と書いていたり、「福山琴」の商標登録[5]に見られるように言葉の使われ方に多少の混乱がある。例えば、『源氏物語』などの古文では、「琴」は、この項で説明している琴(きん)のほかに、箏、琵琶などすべての撥弦楽器を指している。このことは、明治時代に日本に新しい楽器が入ってきた際に、洋琴(ピアノ)、風琴(オルガン)、手風琴(アコーディオン)、自鳴琴(オルゴール)、提琴(ヴァイオリン)などと呼ばれていたことからも伺い知ることができる。<以上、ウィキペディアより引用終わり>

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 相手の女が、気の置けそうな人柄にも感じられるにつけ・・(同訳書第二巻、明石、p238)
 逢った源氏の気持ちでは、この女君(おんなぎみ)、人柄もいかにも品があり、背が高く、気の置ける感じの女だった。(同訳書、明石、p252)

補註: 気の置ける 
 気が置ける [1]何となくうちとけられない。遠慮される。 [2]気にかかる。気になる。
文化庁のウェブサイトによると・・
http://www.bunka.go.jp/pr/publish/bunkachou_geppou/2011_12/series_09/series_09.html
 「気が置けない」は,本来「気を遣う必要がない」という意味の言葉です。しかし,「あの人は気が置けないから気を付けてね。」などという言い方を聞くことがあります。平成18年度の「国語に関する世論調査」では,この言葉を本来とは反対の意味に理解している人が多いことが分かりました。
* 問1 「気が置けない」という言葉の本来の意味を教えてください。
* 答 「気が置けない」とは,「気が許せる」,つまり,「遠慮や気遣いをする必要がない」という意味です。
まず,「気が置ける」という言葉を辞書で調べてみましょう。
・「日本国語大辞典」第2版(平成14年 小学館)
 気が置ける [1]何となくうちとけられない。遠慮される。 →気の置けない [2]気にかかる。気になる。
 このとおり「気が置ける」とは,誰かに対して気が許せないときに用いる言葉です。次に「気が置けない」を見てみましょう。
・「日本国語大辞典」第2版(平成14年 小学館)
 気の置けない  相手に気づまりや遠慮を感じさせないさまをいう。
・「大辞林」(平成18年 三省堂)
気が置けない 気遣いする必要がない。遠慮がない。「―ない仲間どうし」〔気が許せない,油断できない意で用いるのは誤り〕
 「気が置けない(気の置けない)」は「気が置ける」の反対ですから,「気遣いの必要がない」「遠慮がいらない」という意味になります。「大辞林」は「気が許せない,油断できない」という意味で使うのは誤りであることをわざわざ指摘しています。
森鷗外は,「気が置ける」と「気が置けない」をペアで用いていますが,最近は,「気が置けない」という言葉だけが使われる傾向があります。「気が置けない」は,好ましくない状態である「気が置ける」を打ち消して,好ましい状態を示している言葉です。 <以上、文化庁のウェブサイトより引用終わり>

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源氏は、なるほどこれは鼻毛の長さがわかるなと、驚いた気持ちでご覧になる。(今泉訳、明石、p239)
補註 鼻毛の長い: ウェブ情報によると・・
女の色香に迷い、だらしなくなっている。「―・い酔客」

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サローヤン ヒューマン・コメディ

2018年3月9日 金曜日 雨のち雪

サローヤン ヒューマン・コメディ 小川敏子訳 古典新訳文庫 光文社 2017年 原著は1943年刊行

* The Human Comedy By: William Saroyan Narrated by: Meg Ryan Length: 6 hrs and 31 mins Publisher: Audible Studios

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Hs大学の図書館にこもってサローヤン「ヒューマン・コメディ」を新訳で読んだ。約350ページ。

主人公ホーマーは電報配達をしている14歳の少年とその家族、そして隣人たち。所はカリフォルニア州イサカ、時は1942年頃。戦争が背景にある。

本を読みながらいろいろな連想が浮かんだ。

子どもたちの描写では、イランのキアロスタミ監督の「友だちのうちはどこ?(1987年) 」
ドイツのアグネス・ザッパーの「愛の一家」。
幾つかの電報を届ける場面では、カレル・チャペックの「長い長いお医者さんの話」の中の郵便配達夫のお話。
若者の戦場での死が伝えられる幾つかの場面では、
ロシア映画の「誓いの休暇」や「鶴が翔んでゆく」
ドイツの「西部戦線異状なし」
そして・・1944年に数え年25歳の若さでニューギニアで亡くなった、私の富美(とみよし)伯父さんのこと。

訳者の小川敏子さんによる解説はかなり詳細で、多くのことを知ることができた。

オーディオブックのナレーターはあのメグ・ライアンであるが、つい最近、彼女の初めての監督作品で映画化されたとのこと。メグ・ライアン自身は、母親の役である。

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補註
誓いの休暇:
ウィキペディアによると・・・『誓いの休暇』(ちかいのきゅうか、Баллада о солдате)は、1959年に制作されたソビエト連邦の映画。モスフィルムが制作し、『女狙撃兵マリュートカ』のグリゴーリ・チュフライが監督した。
脚本を書いたワレンチン・エジョフとチュフライは、「我々の提起した課題は、兵士は優れた兵士だった、という事を書く事ではなかった。この事はすでに周知の事である。我々の前にあったのは、別の課題―――我々の兵士達はどんな人々だったのか、そして我々のヒーローはどんな人間だったか、という事を描いた物語を生み出す事であった。我々の描きたかったのは、ソヴィエト社会で育ち、主義に忠実で、無垢で、素朴で、思いやりが深く母親と祖国を愛し、善意に満ち、人間としての美点と魅力とに溢れた若者の世界である。こうした資質こそ、作者達の信ずるところでは、ソヴィエト兵士の資質に他ならぬ。ソヴィエトのヒロイズムはこれらの資質から生まれた結果である」[2]と書いており、こうした意図に沿って主人公のアリョーシャはおよそ戦時下の兵士らしからぬ状況の中で描かれている。<以上、ウィキペディアより引用終わり>

補註
『鶴は翔んでゆく』: ウィキペディアによると・・・
『戦争と貞操』(せんそうとていそう、Летят журавли)は、1957年に制作されたソビエト連邦の映画。第二次世界大戦で恋人を失った女性が描かれる。モスフィルムが製作し、グルジア出身のミハイル・カラトーゾフが監督した。第11回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを獲得した[1]。 撮影時仮題は『あなたの人生の為に』。日本語題は押韻をしていた直訳から、後年英題にならい『鶴は翔んでゆく』[2]に変更された。

補註 アグネス・ザッパー 「愛の一家 あるドイツの冬物語」
http://www.fukuinkan.co.jp/book/?id=1378 福音館文庫のウェブサイトより、<以下引用>
ペフリング一家は、陽気な音楽教師の父親と思慮深くやさしい母親、そして個性豊かな7人の子どもたちの大家族。子だくさんゆえお金の苦労は絶えず、その上いつも何かしら騒動が起きててんやわんや。けれど、困ったことが起きれば家族みんなで知恵を出し合い、助け合って解決していきます。暮らしぶりはつましくとも深い信頼で結ばれた家族の姿を描き、1907年にドイツで出版されて以来、世界中で読み継がれてきた家庭小説の傑作です。

補註 『西部戦線異状なし』
ウィキペディアによると・・・
『西部戦線異状なし』(せいぶせんせんいじょうなし、原題:Im Westen nichts Neues は、エーリヒ・マリア・レマルク作の長編戦争小説。1929年発表。
題名は主人公パウル・ボイメルが戦死した日の司令部報告に「西部戦線異状なし、報告すべき件なし」と記載された事に由来している。
第一次世界大戦の西部戦線において、ドイツ軍の志願兵パウル・ボイメルが戦場での死と痛み、不安、恐怖、理不尽、怒り、そして虚しさを味わい、やがて戦死するまでを描いた物語である。

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