学ぶこと問うこと

冬はスキー!

冬はスキー! 2006年1月17日付けWEBページより再掲

先日、Vスキー場でN君に出会った。リフトの降り場で私を見つけて、軽やかに挨拶を交わしたあと、颯爽と急斜面を滑り去ってゆく。速い。その姿が実に格好いい。彼が北海道にやってきて最初の冬、つまり去年のニセコ合宿ではかなり下手だった。ところが、なんとこの1年で、見違えるほどうまくなっている! しかも、板が、2005/6年の新作のフォルクルUNLIMITEDに変わっていた! (一瞬の邂逅のうちに、私の目は、N君の足元を鋭く観察したのであった。)

よほど入れ込んで練習したか、それとも、もともとすごく運動能力が高いかだ。もちろん、私よりも20歳も若いのだから、さらに有利だ。高速であっという間に視界から消えてゆくN君の後ろ姿を見送りながら、私はしばし考え込んでしまったのであった。

思考実験をしてみよう。

通常、私たちのような生物医学系の研究ラボの教授が、部員に「久しぶりに」出会ったとする。そして、それがスキー場であったとする。そして、彼ないし彼女が、短期間に見違えるほど滑りの腕前を上げていたとする。通常の教授ならどう思うだろうか。普通なら、きっとラボのことが心配になるだろう。彼ないし彼女の実験はうまくいっているのだろうか。十分な時間を実験に注ぎ込んでいるのだろうか。心配で仕方なくなるだろう。

現に、私の知人同僚たちの中にも、日曜日の午前中にゴルフをしていると、むしょうにラボのことが心配になり始め、一ラウンドを終えて、お昼前にはちゃんとラボに出勤し、部員や教室員たちがちゃんとピペットマンを握っているのを見て、ほっと一安心する、という教授の方々は多い。もちろんそのような熱心な方々は、お正月は元旦からきちんとラボで過ごされる。つまり、それほどまでに、今日の私たちの日々の競争環境は厳しいのである。

(ただし、現実には、部員たちは教授の行動パターンを熟知していて実験スケジュールを立てているので、教授がゴルフを終えてお昼には出てくる週末と、アメリカ出張で不在の週末とでは、峻別した休日の過ごし方をしている、という話も漏れ聞くことが無いでもない。)

ともかく、私の思考実験に依れば、普通なら、相当心配しなくてはならない「世間」の実態がある。

しかし、私は違う! 上記のような思考に沈んで、雪山の肩で考え込んでいた私は、自分の心の中をのぞき込んで、深く驚くのである。ラボのことを全く心配していないのだ。 (N君の仕事はN君に任せておけば、きっとうまくいく。よって、私の仕事も心配ない。仕事のことは仕事中に考えよう。) 心の中では、全く違ったジャンルの想念がある。

「N君には負けられない!」と思っている自分に気が付くのである。ともかく負けられない。

具体的に何が負けられないのか、と聞かれると困る。

速さではまったく勝負にならない。第一、私がそんなにスピード出したら、すぐにも命が危ない。もともとの運動能力において激しく優劣が付いている。素質としての身のこなしの物わかりの良さにも大きな差があるのであろう。スキー技術において、私はN君から遙か後方に取り残されている。この大きなタイム差を、危険を伴わずに挽回するのは不可能だ。

よって、強いて言えば、安全で楽しい範囲内で、「ともかく負けられない」、という標語になるのである。単にベクトルの方向というか、向上心の傾きだけでもポジティブでありたいというか、そんな感じだ。北海道に44歳で赴任してきてはじめてスキーというものに触れ、来年は50歳、というハンディを背負った成熟上達曲線を微分か積分して何かの係数を加減乗除すると、どっかでは、ひょっとすると負けないかもしれない、というのではどうだろうか。

このことからも推察されるように、私は、さまざま、いつも負けているくせに、負けず嫌いなのである。

しかし、思考実験を終えて現実にもどり、前方の大倉山の向こう、石狩の浜に打ち寄せる日本海の白波に眼を向け、真っ白な雪の斜面に、ゆっくりと、ショートターンを一つ刻んだら、もう、上記のような考察はすっかり忘れてしまった。次の1ターンを、自分の思い描くように、自分なりに刻んでゆくことができれば、きっとそれが最も楽しく幸せなことだと思う。

さて、いよいよ、今週末は、ラボのスキー合宿。今年もT先生が企画してくださり、ニセコアンヌプリ・スキー場に出かけることになった。今からとても楽しみである。今年はAかあさんも参加してくださるので一層盛り上がりそうだ。H教授には負けられない、ということで、密かに練習を重ねている部員たちも多いのではなかろうか。しかし、忘れないで欲しい。H教授は、すでに相当の年である。部員の若者たちは、ときどきは後ろを振り向いて、H教授がちゃんと転ばずに滑ってきているかどうか思いやる心のゆとりを持って欲しいものである。どうか、安全に、楽しいスキーにしましょう。
冬はスキー! 2006年1月17日付けWEBページより再掲
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