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丹心を留取して汗靑を照らさん

2016年4月12日 火曜日

一海知義 漢詩一日一首 平凡社 1976年、p22-25

人生、古より誰か死無からん。丹心を留取して汗靑を照らさん。

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過零丁洋(れいていようをすぐ)

文天祥

辛苦遭逢起一經,
干戈寥落四周星。
山河破碎風飄絮,
身世浮沈雨打萍。
惶恐灘頭説惶恐,
零丁洋裏歎零丁。
人生自古誰無死,
留取丹心照汗青。

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 零丁洋(れいていよう)を過ぐ

辛苦(しんく)遭逢(そうほう)は 一經(いっけい)より起こり,
干戈(かんか) 寥落(りょうらく)(注 一海本では落落 らくらく)として 四周星。
山河 破れ碎(くだ)けて 風 絮(わた)を飄ばし(注 一海本では、抛(な)げ),
身世 浮沈し(注 一海本では 飄(ただよ)い揺れて) 雨 萍(うきくさ)を打つ。
惶恐灘(こうきょうたん)の頭(ほとり)に 惶恐を説き,
零丁洋の裏(うち)に 零丁を歎く。
人生 古(いにしへ)より 誰か 死無からん,
丹心(たんしん)を留取(りゅうしゅ)して汗靑(かんせい)を照らさん。

 惶恐灘(こうきょうたん)の頭(ほとり)に 惶恐を説き,・・・惶恐灘(こうきょうたん)は、江西省を流れるかん江の難所であり、かつて詩人蘇軾(蘇東坡、1036-1101)が広州へ流される途次、ここを通って詩を作り、「地は惶恐(こうきょう)と名づけて孤臣を泣かしむ」と詠じたところである。文天祥もまた、その地方を往復した経験をもつ。
 いままたそのほとりにいるかのごとくに、元の将軍は詩人にむかって惶恐(恐怖)、おどかしの言を吐く。
零丁洋の裏(うち)に 零丁を歎く。・・・そしていま現実にいるこの零丁洋、その海上で詩人は零丁(孤独)、ひとりぼっちの身をなげく。(一海、同書、p24)

だが、と、この抵抗詩人は、気をとりなおす。

人生 古(いにしへ)より 誰か 死無からん,
丹心(たんしん)を留取(りゅうしゅ)して汗靑(かんせい)を照らさん。

 「丹心」は、まごころ。丹誠、赤心などともいう。「留取」は、しっかりと留(とど)め残すこと。「汗青」は、汗簡ともいい、紙のなかったむかし、竹のふだを火であぶり、青味と油をぬいて、これに字を書いたが、転じて、書物の意。ここは、歴史の書物。
 人と生まれて、死なぬものがいるだろうか。むかしから、誰一人として死ななかったものはいない。いずれ死ぬのなら、敵には屈しまい。死後も、わがまごころだけはしっかりとこの世に留めて、歴史の中に輝かしい名を残そう。
 ・・この翌月、宋帝国は全面的に崩壊し、文天祥は北京に送られて獄につながれ、三年後、処刑された。(一海、同書、p24-25)

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