胆振東部地震と送電網の受給バランス

2018年9月9日 日曜日 曇り(桂沢湖の辺りで夕方は雨)

補註: 今回の北海道・胆振地方を震源とする地震では、広範囲に及ぶ停電が発生した。苫東厚真発電所について調べてみた。

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送電網の受給バランスを取るのは電力会社にとってもハイレベルな技術を要することで、不安定な風力や太陽光だけで送電を維持することはできない。火力や水力など、人為的に完全コントロールできる発電リソースが必須なのだ。(2018年9月7日付けの鐸木さんの日記ページより http://nikko.us/18/182.html)

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補註:

ウィキペディアによると・・・

厚真町: 厚真町(あつまちょう)は北海道南部、胆振総合振興局管内勇払郡にある町。

町内からは約14,500年前の細石刃核も発掘されており、この地区での人々の生活は旧石器時代から確認され早かったようだ。その後、縄文人やアイヌの人々が定住しており、厚真川上流域での発掘調査で数多くの考古学的発見がある。縄文時代では約6,000年前から富良野盆地周辺域との内陸交通のルートが開かれていたことが判明し、約5,100年前には豊かな山の資源も加わり大型住居跡や「シカ塚」を伴う集落が形成されている。約850年前の擦文文化期においては宇隆1遺跡より愛知県常滑窯の壷が発見されており、奥州藤原氏との関係のある地域として注目されている。また、富里地区ニタップナイ遺跡ではシャクシャインの戦い(1669年)前後のコタン(集落)跡が発掘調査され、当時の大名や豪商が使う酒器も出土しており、この地域の力強いアイヌ民族の姿が見えてきている。1800年寛政12年)に南部藩士・森田勘十郎らが浜厚真に移住したのが和人入植の最初とされる。本格的な開拓が始まったのは1870年明治3年)に新潟県人が入植してからで、この時をもって現在の農業の町・厚真町の始まりとしている。町名はアイヌ語の「アットマム」ar-tomam(向こうの・湿地帯)に由来するとする説と、「アトマプ」at-oma-p(オヒョウニレ・ある・もの・場所)とする説などがあるが、古い地名であり、特定は困難な状況である。

浜厚真・上厚真地区は苫小牧東部工業地域に続く地域として1980年昭和55年)以降開発が進んでいる。苫小牧市との境に苫小牧東港が作られたほか、道内最大規模の火力発電所北海道電力苫東厚真発電所や石油備蓄基地(国家・民間備蓄量は国内最大)が置かれている。

農業は稲作が中心で、胆振管内では随一の作付面積を誇っている。

また、稲作以外では、ハスカップが日本一の作付面積となっている。<以上、ウィキペディアより引用終わり>

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補註 ウィキペディアによると・・・

苫東厚真発電所(とまとうあつまはつでんしょ)は、北海道勇払郡厚真町浜厚真615にある北海道電力石炭火力発電所

1980年10月に1号機が運転を開始、4号機までが建設された。これまでの石炭火力発電所と異なり、当初から海外炭の使用が予定され、2号機以降は運転開始時から海外炭を使用している。1987年には1号機に対し海外炭対応工事を行った。 3号機は商用としては世界初の加圧流動床複合発電(PFBC)方式を採用し[1]1998年3月に運転を開始した。高い熱効率と低環境負荷が期待されたが[1]、配管の摩耗や損傷などによるトラブルが多発して稼働率が上がらず、また多額の修理コストも問題となり2005年10月に廃止された[1]

4号機、5号機共にPFBC方式で各35万kWでの計画であったが、3号機の運転実績が不良だったために4号機を従来型の70万kWに計画変更を行い、5号機の建設は凍結となった。この4号機は、発電効率向上のため、主蒸気温度および再熱蒸気温度600℃、主蒸気圧力25.0MPaとした北海道電力初の超々臨界圧ボイラーおよび蒸気タービンを採用した。

  • 総出力:165万kW(2006年現在)[2]
1号機
定格出力:35万kW
使用燃料:石炭
ボイラー:バブコック日立
タービン:東芝
営業運転開始:1980年(昭和55年)10月
2018年9月6日現在、地震の影響でボイラーが損傷し、停止中
2号機
定格出力:60万kW
使用燃料:石炭
ボイラー:石川島播磨重工業
タービン:日立製作所
蒸気条件:超臨界圧Super Critical)
営業運転開始:1985年(昭和60年)10月
2018年9月6日現在、地震の影響でボイラーが損傷し、停止中
4号機
定格出力:70万kW
使用燃料:石炭
ボイラー:石川島播磨重工
タービン:日立製作所
蒸気条件:超々臨界圧(Ultra Super Critical)
営業運転開始:2002年(平成14年)6月
2018年9月6日現在、地震の影響でタービン火災が発生し、停止中
2018年9月6日、北海道胆振東部地震が発生し、厚真町震度7の揺れを観測。それに伴い、緊急停止によって電力の発電量と使用量のバランスが大きく崩れ、ほかの火力発電所でも運転の停止を余儀なくされる事態となる。道内の離島を除く全域にあたるおよそ295万戸で一時停電が生じた。前述の通り1号機、2号機、4号機ともに発電設備に損傷や火災が起きたため、当発電所の復旧には少なくとも1週間はかかるとしている [3]

  • 地震発生からおよそ10時間30分後の6日午後1時30分、砂川発電所3号機の安全が確認されたため稼働を再開。札幌市・旭川市の一部などで電力の供給が再開され[4]、次いで4号機も7日午前0時57分に再稼働された。
  • 6日午後8時10分、音別発電所1号機が再稼働。釧路市など道東エリアへの送電が再開された。次いで2号機も7日午前9時8分に再稼働された。
  • 7日午前0時20分、奈井江発電所2号機の運転が再開。次いで2号機も7日午前4時24分に再稼働された。
  • 7日11時18分、伊達発電所1号機の運転が再開。
  • 8日午後7時の北海道電力の会見で、当施設を除く発電施設の稼働や本州からの送電の実施で、地震発生前のピーク時の約9割に当たる350万kwの送電が可能になったと発表。

<以上、ウィキペディアより引用終わり>

補註: 2018年9月9日19時現在で今回の地震の記事が付加されていた。(HH追記180909)

 

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