江戸を楽しむ古典落語

2019年1月16日 水曜日 曇り


畠山健二 超入門! 江戸を楽しむ古典落語 PHP文庫 2017年


・・長屋の連中を束ねるのが大家さんだ。大家というと地主だと思われるが、実際は地主から店賃の集金や、入居の管理などを委託されているチーママみたいな存在。だから家賃の滞納者が続出しても「花見に繰り出そう」などと能天気なことを言っていられるのだ。その反面、長屋では重要な役割も担っていた。・・・(中略)・・・後見人や身元保証人としての役目も果たしていたのだろう。   「大家といえば親も同然、店子といえば子も同然」とはたとえではなく、それ以上の結びつきがあったのだ。そんな御一行の花見は毒づき合いながらも楽しそう。(畠山、同書、「長屋の花見」、p19-20)


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 人間が生きていくにはつらいことも多い。だが深刻な問題も「落語的」という物差しに合わせてみると、微笑ましいものになってしまうから不思議だ。ここに落語の奥深さがあるのだろう。つまり落語は、日本人が気楽に生きていくための教科書なのだ。(畠山、同書、はじめに、p3-4)


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 幇間とはお座敷などの宴席で客の機嫌をとり、遊興を盛り上げる男で、「男芸者」などと揶揄されることもある。 柳橋や新橋、赤坂といった一流料亭や吉原の遊廓に属していた幇間もいれば、「鰻の幇間」に登場する一八のように、金になりそうな旦那を見つけ次第つきまとうハイエナのような幇間もいて、これを「のだいこ」と言った。幇間は営業行為を釣りに置き換えて、客に取り巻くことを「釣る」と表現した。路上で取り巻くのが「おか釣り」、客の家に押しかけるのが「穴釣り」などと言った。(畠山、同書、「鰻の幇間」、p40)
「鰻の幇間」といえば八代目桂文楽。・・三遊亭圓生が「鰻の幇間」を演じたのは文楽がなくなってから。このへんに名人圓生の気位が感じられる。(畠山、同書、p40)


補註 今ではユーチューブで聞くことができる。

桂文楽(八代目)「鰻の幇間」https://www.youtube.com/watch?v=lk3MantVKD0  同じく https://www.youtube.com/watch?v=78kMgqj7t6s同じく https://www.youtube.com/watch?v=58XdI5zFJ9w

今日現在、三遊亭圓生の「鰻の幇間」はユーチューブ検索では見つからなかったが、圓生(六代目)の昭和54(1979)年3月16日 東京落語会 イイノホールでの「百年目」を聞くことができた。亡くなる半年前の映像とのこと。 「百年目」 https://www.youtube.com/watch?v=uIadtYv54HE

同じく三遊亭圓生の大山詣り https://www.youtube.com/watch?v=7wE3zkJLt7A 面白い。髪の毛の話で、八代目桂文楽、古今亭志ん生(五代目)、その息子(次男)の古今亭志ん朝(三代目)・・さんのことも面白く語られる。同じく圓生の「文違い」 https://www.youtube.com/watch?v=e6nqatNG5AU まさに名人の話芸。(1)「百年目」「大山詣り」「長屋の花見」「品川心中」などの最後が軽妙な言葉の駄洒落ないし連想慣用句の言い換えで終わるのに対し、(2)「文違い」では少し鈍い男の滑稽な勘違いで(笑わせて)終わる。「庚申待:宿屋の仇討ち」では、軽いサスペンスに軽妙な種明かしがあって落着する。下に紹介する「風呂敷」もこの範疇かと思う。(3)一方、「死神」ではスーッと消え入るように不気味に(滑稽無しで)終わる。落語の落ちにもいろいろパターンがあって面白い。

落語の一話は二十数分から四十分程度の読み切り(話しきり聞ききり)のものが多いが、極めて長いお話仕立てのものも面白い。同じ三遊亭圓生師匠のものでは、「札所の霊験」https://www.youtube.com/watch?v=FFLWnEaYPUg (スタジオ録音のようだ。付録で圓生さんの解説付き。)  その他、長篇ものも意外と多い。

古今亭志ん生も白黒だが録画をユーチューブで見ることができる。 たとえば、「風呂敷」  https://www.youtube.com/watch?v=LryfU7Ej9Ls ★補足 ・三界に家なし → 三階に家なし  ・貞女両夫にまみえず → 貞女屏風にまみえず  ・李下に冠を正さず → 直に冠をかぶらず  ・瓜田に靴を納れず → おでんに靴を履かず (昭和30年のNHKの録画が残っていたらしい。当時はテープを使い回していたそうで、貴重な画像が残されていないことが多いとのこと)。上記の「風呂敷」は、プロット自体が工夫されており、最後は言葉の落ちではなく、プロットが見事に完成成就、で拍手となる。(悲劇的なもめ事に至らず、長屋のいつもの夫婦げんかの取りまとめといった体裁が整う。)


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補註 幇間とは・・ウィキペディアより<以下引用>:幇間(ほうかん、たいこ)は、宴席やお座敷などの酒席において主や客の機嫌をとり、自ら芸を見せ、さらに芸者舞妓を助けて場を盛り上げる職業。歴史的には男性の職業である。

幇間は別名「太鼓持ち(たいこもち)」、「男芸者」などと言い、また敬意を持って「太夫衆」とも呼ばれた。歴史は古く豊臣秀吉御伽衆を務めたと言われる曽呂利新左衛門という非常に機知に富んだ武士を祖とすると伝えられている。秀吉の機嫌が悪そうな時は、「太閤、いかがで、太閤、いかがで」と、太閤を持ち上げて機嫌取りをしていたため、機嫌取りが上手な人を「太閤持ち」から「太鼓持ち」と言うようになったと言われている。ただし曽呂利新左衛門は実在したかどうかも含めて謎が多い人物なので、単なる伝承である可能性も高い。鳴り物である太鼓を叩いて踊ることからそう呼ばれるようになったとする説などがある。また、太鼓持ちは俗称で、幇間が正式名称である。「幇」は助けるという意味で、「間」は人と人の間、すなわち人間関係をあらわす。この二つの言葉が合わさって、人間関係を助けるという意味となる。宴会の席で接待する側とされる側の間、客同士や客と芸者の間、雰囲気が途切れた時楽しく盛り上げるために繋いでいく遊びの助っ人役が、幇間すなわち太鼓持ちである、ともされる。

専業の幇間は元禄の頃(1688年 – 1704年)に始まり、揚代を得て職業的に確立するのは宝暦(1751年 – 1764年)の頃とされる。江戸時代では吉原の幇間を一流としていたと伝えられる。(以上、ウィキペディアより引用)

補註 上に紹介したのと同じく六代目・三遊亭圓生さんの「松葉屋瀬川」(これも非常な長篇物語仕立て)の最後尾に付いていた付録に幇間に関する解説が付いていて興味深かった。

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補註 皆さんは洒落と駄洒落の区別をご存じだろうか。同じく圓生師匠の「大名房五郎」  https://www.youtube.com/watch?v=zCEkTlY8ZhE  の11:00ぐらいから真正の洒落に関する解説があって、勉強になった。


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