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縄文の思想

2019年4月1日 月曜日 曇り


瀬川拓郎 縄文の思想 講談社現代新書 2017年


矛盾と葛藤

・・イノシシ祭りは、日本列島全体の縄文人の祭り、つまり縄文イデオロギーといえるものであり、イオマンテ同様、神と人が贈与によってむすばれる縄文の思想を具現化・可視化する装置だったとおもわれます。

 縄文社会は、南北に長く、複雑な生態系をもつ日本列島の全域で展開したのですから、そこには当然、地域性もうかがえます。しかし、北海道から南島にいたる縄文社会は、縄文イデオロギーによってむすばれたひとつの巨大な「内部」であり、そこで流通していたイノシシや新潟産のヒスイの玉などは、「外部」からやってくる「商品」ではなく、贈与としてもたらされたものだった、と私は考えています。縄文社会は、「親戚」の連鎖でむすばれた巨大な贈与空間にほかならなかったのです。

 イノシシ祭りは、本州では弥生時代になると廃れてしまいます。ただし、北海道では続縄文時代前期(弥生時代)に主役がイノシシからクマに置き換わり、イオマンテとして受け継がれたと私は考えています。なぜイノシシがクマにかわったのかといえば、・・北海道のクマの毛皮が弥生社会という「外部」への重要な商品になったからです。

 つまりイオマンテは、縄文イデオロギーを受け継いだ北海道の人びとが、列島の祭りの主役としての意味を失ったイノシシのかわりに、最重要の商品になったクマを据えたものであり、贈与の祭りに商品がくみこまれたという点で、商品交換のなかで生きることになったアイヌ社会の矛盾を物語るものなのです。(瀬川、同書、p225)

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神を抜きにした分配の平等は可能か?

 ・・谷川健一は、神を抜きにして、あるいは生活者の思想から遊離した神によっては、平等は生まれないと述べています。海民の平等は、水平的な贈与だけでなく、神からの贈与という垂直的な関係をくみこむことによって、はじめて実現するものだったのです。(瀬川、同書、p231)

・・神からの贈与はタマシイでもあったのですから、そのタマシイを商品として売り払い、あるいは一人占めすることなど、容易にできるものではなかったのです。(瀬川、同書、p232)

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自由と自治

 海民とアイヌの暮らしの前提であるこの移動性は、境界を定める国家や権力の支配と鋭く対立するものにほかなりません。そのことからすれば、かれらは支配からの自由を価値とせざるをえない人びとであった、といえます。

 さらに、かれらの社会は贈与をつうじてむすばれる閉じた系でした。この閉じた系として成立するには、かれら自身による自治が不可欠です。国家や権力と相容れないこの自治も、かれらの社会の大きな特徴だったことになります。(瀬川、同書、p235)

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