シンデレラ第二形態

 

 

2014年4月23日 水曜日

星新一 未来イソップ 読了。

この中のシンデレラ王妃のお話、シンデレラ第二形態の物語である。L氏がしばしば言及するこの第二形態物語、これにて了解。

 

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歴史観の思想史

 

2014年4月22日 火曜日

 

佐藤健志著 僕たちは戦後史を知らない 祥伝社 2013年 読了。

「ファンタジーの戦後史」というキーワードを全編のライトモチーフとして、敗戦から現在までの約70年間、戦後史が日本人によってどのように捉えられたかを語る。何が起こったかという歴史ではなく、歴史の解釈がどのようになされたかという「歴史観の思想史」の本。歴史の本としては、あまり読みたくないジャンルの本。ジャンルはさておくとしても、この本の叙述には私から見て多くの疑問点がある。たとえば、

1) 戦後の歴史を日本だけで捉えていること: 世界全体の中の日本として考えなければ真実が見えてこないはず。

2) 日本人の思想といいながら、その日本人が何ものなのか明確ではない。

この本で引用されているものの多くは、映画監督、演劇演出家、など、いわゆる文化人ないしインテリ、それに若干の政治家が中心である。この本の著者が、舞台芸術の評論を中心に活動しておられることから、日本人の思想として映画や演劇関連で活躍されている著名人の言論を取り上げられるのはやむを得ない。しかし、彼らを日本人として代表させて良いのか。

明確には書かれていないが、著者が暗黙に日本人としているモノの像を私は以下のように感じる。

すなわち、日本人としては、マスコミが扱ういわゆる「われわれ日本人」、つまり大新聞の社説などを書く編集委員などマスメディアのオピニオンリーダーたちを、具体的には想定すればよいのだろう。

しかし、彼らのような存在を総体として語る必要があるのか? 歴史書で語るだけの価値ないし実体のある対象なのか?

彼らのような日本人を「日本人」として扱って正確なのか? そのような「日本人」を彼らのような日本人に代表させて本当に把握することができるのか? はなはだ疑問である。

たとえば、映画監督のO氏が戦後をどのように捉えてどのような映画を作製して世に問うたところで、多くの日本人に何の関わりがあろうか? 日本人という言葉を使って紛らわしければ、言い換えよう。この私に何の関わりがあろうか? 文化人ないしインテリが彼らの歴史解釈を何と表現しようと、マスコミがどのように新聞やテレビなどのメディアに紹介宣伝しようと、無名の日本人に何の関わりがあろうか?

「無名の日本人」など、この日本にいるわけがない。が、99%の人々は「無名」として、インヴィジブル、見えない存在として扱われるのである。しかし、私は、はっきり言いたい。いわゆるマスメディアのオピニオンリーダーたちとこの無名の日本人とは、全く別物、ほぼ無関係の関係にあるということである。

文明ないし文化批評として、「日本人」を扱う読み物には、最大公約数的な「日本人」を扱おうとする暗黙の了解があろうが、これがほとんどの現実の日本人をどうしても割り切れないのである。すなわち、提出された総体としての思想はこねくり作られた眉唾ものである。用途としては、曖昧な思想の宣伝として使い捨てで使われることになる場合が多いのである。

私が知りたいのは、だれがどのように解釈したか、ということではない。本当に何が真実であったか、ということを真摯に追求した歴史の本を読みたい。

 

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兵士シュヴェイクの大戦前夜 その1

 

2014年4月6日 日曜日

 

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兵士シュヴェイクの大戦前夜 その1

 

第一次世界大戦がどうして始まったか、すこしでもわかるように歴史書を書いてゆくのはむずかしいことだろう。開戦前夜、たとえば1914年の人々の生き方はどんなものであっただろうか。小さなシリーズとして点描してみたい。

その第一弾は、兵士シュヴェイク。20世紀のサンチョ・パンサとして痛快に活躍する。

オーストリアの皇太子が暗殺された頃、そのオーストリア・ハンガリー帝国の中のプラハの町で暮らしていたのが、この物語の主人公、兵士シュヴェイクだ。その時点では兵士でも従卒でもなく、イヌの売買に関連した一種の職業(イヌドロボウ?)に従事する一般人民であった。市民と言ってもいいのだろうか。選挙権があったのだろうか。知らないことばかり。

作者のハシェクがこの作品を書いたのは大戦後、チェコスロバキアの国ができた頃。ハシェクが亡くなったのが1923年の1月のことなので、1914年の開戦前夜の記憶も古びることなく、この物語の中に生きていることであろう。

 

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第一次世界大戦が始まった理由 

2014年4月1日 火曜日

Lさんへ

マスコミに載らない海外記事さんのサイトに紹介されているポール・クレイグ・ロバーツ氏の記事で、第一次世界大戦開戦の理由に関して以下のような記載を見ました。

<以下引用>

Pushing Toward The Final War — Paul Craig Roberts

In The Genesis of the World War, Harry Elmer Barnes shows that World War 1 was the product of 4 or 5 people. Three stand out: Raymond Poincare`, President of France, Sergei Sazonov, Russian Foreign Minister, and Alexander Izvolski, Russian Ambassador to France. Poincare` wanted Alsace-Lorraine from Germany, and the Russians wanted Istanbul and the Bosphorus Strait, which connects the Black Sea to the Mediterranean. They realized that their ambitions required a general European war and worked to produce the desired war.

Pushing Toward The Final War — Paul Craig Roberts

Barnes’ book was published in 1926. His reward for confronting the corrupt court historians with the truth was to be accused of being paid by Germany to write his history. Eighty-six years later historian Christopher Clark in his book, The Sleepwalkers, comes to essentially the same conclusion as Barnes.

Pushing Toward The Final War — Paul Craig Roberts

<以上、引用終わり>

マスコミに載らない海外記事さんのサイトでの日本語訳からも少し引用します。

http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-c8d7.html
<以下引用>

『世界戦争の起源』The Genesis of the World Warで、ハリー・エルマー・バーンズは、第一次世界大戦は、4から5人による産物だったことを示している。中でも三人が突出している。フランス大統領レイモン・ポアンカレ、ロシア外務大臣セルゲイ・サザーノフと、駐フランス・ロシア大使アレクサンドル・イゾルスキーだ。ポアンカレはドイツのアルザス・ロレーヌを欲しがっており、ロシアは黒海と地中海を結ぶイスタンブールとボスフォラス海峡を欲しがっていた。彼等は、野望の実現には、広範なヨーロッパでの戦争が必要であることを悟り、望んでいる戦争を起うこすよう励んだ。

露仏同盟が結成された。この同盟は戦争を画策する手段と化した。イギリス政府のサー・エドワード・グレイ外務大臣は、その無能さ、愚昧さなり、なんなりのおかげで露仏同盟に引き込まれた。戦争はロシアの動員で始まった。ドイツ皇帝、ウィルヘルム2世は、戦争を避けるためにできるあらゆることをした事実にもかかわらず、戦争責任を彼のせいにされた。

バーンズの本は1926年に刊行された。真実を書いて、腐敗した御用歴史学者と対決した彼に対する報いは、ドイツに金を貰って、その歴史書を書いたという非難だ。86年後、歴史学者のクリストファー・クラークは著書『夢遊病者達』The Sleepwalkersで、基本的にバーンズと同じ結論に達した。

歴史で、戦争は、余りに多くの戦艦を作って、イギリスの制海権に挑戦したドイツのせいだと教えられた。我々にこの物語を聞かせた御用歴史学者連中は、第二次世界大戦への準備を幇助したのだ。
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-c8d7.html

<以下引用>

ベルサイユ講和会議で、ボリシェビキ(ロシア皇帝政府は海峡の獲得に失敗し、逆に国をレーニンに奪われてしまった)が“外交史上稀に見る、卑しむべき領土奪取計画を具現化する悪名高い秘密協定の存在を暴露した。世界大戦の協約における本当の主要動機は、ロシアによるコンスタンチノープルと海峡の獲得、アルザス・ロレーヌをフランスに返還するのみならず、アルザス・ロレーヌがフランスと結びついていたより歴史的に遥かに長期間ドイツとつながっていた地域の奪取を意味する、ライン川西岸の確保、オーストリアとユーゴスラビアから奪い取った広大な領土という、イタリア参戦に対する褒賞、ドイツ帝国財産の差し押さえ、ドイツ商船の没収と、大英帝国の強化に役立つドイツ海軍の破壊”(バーンズ、691-692ページ)。アメリカの戦利品の分け前は、ドイツとオーストリアの対米投資没収だった。

<以上、引用終わり>

 

ロシア・ロマノフ朝の莫大な財産はレーニンたちからの負債返還という形を通してアメリカ金融資本へと還元されたので、ドイツとオーストリアの対米投資没収とほぼ似たようなお金の流れになるのでしょうか。

学校では第一次大戦が始まった理由に関して明確な事実を教わることがないでしょう。が、私たちが歴史から教訓を学ぶことができるように、ゆとりのある時間を利用してしっかり勉強し考えてみることが必要だと思います。私も上記で紹介されているバーンズ氏やクラーク氏の著書を購入して読んでみようかと考えております。調べてみると、アメリカの本屋さんから通販で輸入すれば比較的安価に購入できるようでした。

Lさんは、立派な図書館にアクセスがありますので、歴史の本を買わなくても借りて調べることができるかもしれません。いろいろなことが落ち着いたら、ゆっくりと歴史の本をひもといてみるにはとても良い環境ではないかと思います。

マレーシア航空便に関して、大きなニュースもあったので、のちほどまた紹介するつもりです。

それでは事故などに巻き込まれることのないよう、道を歩くときや地下鉄に乗るときなど、十分に気をつけて東京生活をお送りください。

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運命には勇気を

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贈る言葉:

テュケー(運命)にはタルソス(勇気)を、ノモス(法律・習慣・貨幣・お金)にはフュシス(自然本来のもの・生きること自足することにとって本質的なもの)を、パトス(情念)にはロゴス(理性)を対抗させるのだ。

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テュケー(運命)にはタルソス(勇気)を

 

2012年2月3日 私たちの研究室のキックオフパーティにてスピーチ:

今日は皆さんに贈る言葉を考えて原稿を用意して参りました。
テュケーにはタルソスを、ノモスにはフュシスを、パトスにはロゴスを対抗させるのだ。

呪文のような言葉ですけれど、皆さんにも是非覚えていただきたいと思い、今日は3セットのうちの最初の部分、「テュケーにはタルソスを対抗させるのだ」を解説したいとおもいます。あとの2セットは次回のお楽しみです。

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さて、いつも部員の皆さんには私はいつも映画スターウォーズの話をしてきました。ところが、最近ではこの映画を見ている若者が少なくて私の話には全く人気がなくなりました。そこで今回は皆さんもきっと見て育ってきたはずの、平成のウルトラマン、ティガ・ダイナにつづくウルトラマンガイアから、私の尊敬する科学者、高山ガムの言葉を紹介したいとおもいます。(もちろん、ウルトラマンを見ていない人でも、了解可能ですから聴いてください)
ちょうどU先生が研究を始めた13年前頃のウルトラマンが、ガイアです。わたしはこの番組を見て勇気づけられながらU先生を指導しておりました。もちろんテレビだけでなく劇場映画篇もすべて見ました。

その中で、私がときどき口ずさんでいる感動的な場面を紹介します。その場面で、天才科学者・藤宮は、「ウルトラマンが守ってあげるべき美徳も価値も何も人類は持っていない。人類は、ただ地球を痛めつけている寄生虫のような生物であり、根源的破滅招来体によって滅び行くしかない運命にある」と思いつめます。この藤宮に対して、主人公の高山ガムがきっぱりこう言います。

「藤宮、おまえはまちがっているぞ、
守るものなんていくらでもあるじゃないか、
運命なんていくらでも変えられるじゃないか!」

ところでみなさんは、偶然、運命、宿命、という言葉の意味の違いを知っていますか。
すべて偶然のことなのですが、
運命というのは、あとから見返してみて、わたしたちにとって重大な結果をもたらしたと思われる偶然のことです。
宿命というのも運命とほぼ同じで、レトロスペクティブにあとから見返してみて、重大な結果をもたらしたもの、しかもそれぞれのプロセスを見返してみて、簡単には変えられないような、あたかも必然の連続になっているかのごとく思われてしかたないような、「偶然」の連続を宿命というのでしょう。
だから、言葉の定義としては、重大な結果につながったような偶然のうち、
運命は変えようとすれば変えられたはずの偶然の連なり、
宿命とは、変えられないように思われる偶然の連なり、としておけばよいでしょう。本当に突きつめて考えれば、宿命と言えるようなものがありえるかどうか、皆さん、考えてみてください。
ということで、皆さんも多くの偶然が重なって、ついにこのラボにやってきてほぼ1年、あるいはほぼ3日目、というところで、運命のいたずらに翻弄されている自分を見つめていることと思います。

なかには、
「うーん、しまったぞ、あっちの研究室の方が、友達が楽しそうにしていて楽そうで良かったんだが、ちっ」、と舌打ちして運命を呪っている部員もいるかもしれません。いや、たしかにそういううわさも流れてきました。
あるいは、ほかの子のプロジェクトの方が良さそうに見えて、「自分は運が悪いから難しいプロジェクトに当たっただけで、本当はあっちのプロジェクトの方に当たっていれば実力が発揮できるんだが」と思っている不届き者もいるかもしれません。

しかし、ここで私が言いたいのは、ごく当たり前のことです。みなさんは、自分たちの頭で考え、自分たちの手でしっかりとコンクリートな実験に取り組んで行くことによって、間違いなく自分の運命なんていくらでも変えられるはずです。

昨年のこのキックオフの宴会の機会には
1. よく食べ、
2. よく寝て、
3. よく実験をしよう、
という話をしたら、勘違いする人がでて、まずは自分自身の健康を大切に、次によく休んでよく寝て、3・4がなくて、
実験は二の次、三の次、ということで、
U先生をギャフンと泣かせることになった、というようなケースもございます。U先生を泣かせてはなりませぬ。

ま、そのようなケースもゼロではありませんが、一年間、大学院生のY君も、アイウエオ順にAi・Ikからから始めて四年生のみなさんも、それぞれよく成長してくれました。

這えば立て、立てば歩け、ということで、私たちの皆さんに対する期待のレベルがぐっと増してきました今日この頃です。

よって、今年は、一挙に速度とレベルをあげて、成果を目指して、どんどん前へ! と号令の発破をかけてスタートしたいと思います。「前へ!」これが合い言葉です。

それでも実験に失敗したときは、どうすればよいか。この呪文を唱えてください、ということで、

贈る言葉は、私の尊敬するギリシアの哲人の言葉としたいと思います。私の自分自身への励ましの言葉(というか呪文)です。
「テュケーにはタルソスを対抗させるのだ。」
テュケーは運命のこと。偶然の運・不運のことです。タルソスは勇気。運命には勇気を対抗させるのだ、ということです。

運命のいたずらには、勇気をもって克服してゆくべく、自分を励まそう。泣き出したいようなものがこみ上げてくるとき、是非、この呪文を唱えて、(あの、チャップリンのモダンタイムズの最後の場面を思い出して)スマイル!で、乗り越えてください。じつは私も何年もそうしてきました。この呪文は効きます。
運命なんていくらでも変えられるじゃないか。皆さんは運命という名の偶然に負けることなく、皆さんの人生を、実験に励むことで切り開いてください。

一方で、わたしたちが本当に目指しているのは、自分たちの人生を切り開いてゆくことではありません。出世したり、お金持ちになったり、美しいお嫁さんやお婿さんをもらうことでもありません。

私たちが目指しているのは、今は治らない癌をいつか治せるような治療薬を私たちの手で作ってゆくことです。一人一人の癌患者さんたちはたまたま運が悪くて癌になってしまったに違いありません。運命のいたずらとしか言いようがありません。しかし、たとえば子供の白血病を取ってみても、十万人に数人の珍しい病気だとはいえ、日本だけでも毎年何百人も白血病で苦しむ子供がいます。そのうちの何割もが、治療に失敗して、死んでいきます。これは偶然ではなくて、今のような原始的な治療法であれば必然の結果です。宿命と言っても良いでしょう。

ここに集まった皆さんは、純粋な気持ちで、治らない癌を何とかしたい、と考えていることと思います。その、今の気持ちを大切に、どうか実験に励んでください。そして皆さんは勇気をもって失敗という不運を乗り越え、いつかは成功につなげ、さらに上の目標を目指して進んで欲しいと思います。不運にも癌になってしまった患者さんにも、「運命なんていくらでも変えられるじゃないか、大丈夫だよ、まかせて!」といえる日が来ることに貢献できることを目指して、実験にはげみましょう。

前へ!

「前へ!」これが合い言葉です。

 

2012年2月3日
LabOnc研究室 キックオフパーティにて。

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テュケー(運命)にはタルソス(勇気)を、ノモス(法律・習慣・貨幣・お金)にはフュシス(自然本来のもの・生きること自足することにとって本質的なもの)を、パトス(情念)にはロゴス(理性)を対抗させるのだ。

 

出典は以下の通りです:
1.ディオゲネス・ラエルティオス 著、 加来 彰俊 訳  ギリシア哲学者列伝  岩波文庫
2.山川 偉也 哲学者ディオゲネス -世界市民の原像-  講談社学術文庫

(注)ここでいう哲学者ディオゲネスはいわゆる犬(キュニコス派)のディオゲネスのことです。上記の列伝の著者であるディオゲネス・ラエルティオスとは別の人物です。

 

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