小浜逸郎vs中島義道 人はわかりあえない

2018年12月5日 水曜日 曇り

 

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中島義道/小浜逸郎 「やっぱり、人はわかりあえない」 2009年(電子書籍版)
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私(=小浜)には、プラトンのイデア思想こそは、現世における感覚世界を見下し、それに拘泥する私たち普通人の生き方を軽蔑するという意味で、最大の転倒に陥っている思想であると読めるのです。宗教にしろ、哲学にしろ、思想にしろ、知によって勝負する者たちは、いつもこの転倒の陥穽にはまる危険をはらんでいます。(同書、キンドル版、2132/2420)
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私(=小浜)は、彼らの「おまえたちは気づいていないだろうが、私はおまえたちの根本的不幸、根本的惨めさについて知っている。それは神の前では客観的な事実なのだ」と言いたげな、一部の哲学に特有の傲慢さとお節介ぶりが、どうしても気に入らないのです。(同書、2182/2420)
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先に挙げた哲学者たち(=パスカル、キルケゴール、ハイデッガー)は、実存派でありながら、ヨーロッパ哲学というローカルな分野で思索を続けると、どうしてもキリスト教信仰的な「最高の境位」から鳥瞰的に「衆生」を見下すという、客観的視点を持たざるをえなくなるらしい。しかし、それこそは、ニーチェが指摘した、ルサンチマンに発する屈折した「権力への意志」にほかなりません。(同書、2188/2420)
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加地伸行 家族の思想

2017年11月6日 月曜日 晴れ

加地伸行 家族の思想 儒教的死生観の果実 PHP新書 1998年

「論語」における<孝>の理想主義
・・このように、弟子の質問を受けている仁や、(孔子の考える)政治は、孔子が創出しようと思索に努力し続けたものである。とすれば、孝もまた同じく孔子において思索が進行中であったと思われる。そのため、孔子の弟子に対する応答は、仁や政の場合と同じく一定しなかった。
 私は、孔子が最後に辿りついた孝の概念は「祖先を祭り、子孫を生み、生命の連続を信じることによって死の不安を克服する」ということに集約されると考えている。しかし、そこに至るまでの間、思索の過程として、あるいは理想主義的に、あるいは感傷的に、じぐざぐとして述べられ、それが「論語」の中に残っている。そして一般には、この過程において説かれたことばがよく知られておりその理想主義のゆえに、時としてとてもついてゆけないという気持ちを抱かせることもある。(加地、同書、p93)

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ドストエフスキーと父親殺し/不気味なもの

2017年10月7日 土曜日 曇り時々雨

フロイト ドストエフスキーと父親殺し/不気味なもの 中山元・訳 光文社古典新訳文庫 2011年(原著は、「ドストエフスキーと父親殺し」1928年、「不気味なもの」1919年)

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・・この賭博への情熱は、何度決意してもやめることができず、自己処罰の機会を与えるものとなったのだった。それが思春期のオナニー強迫が再現されたものであったと考えるならば、この賭博熱がドストエフスキーの生涯でこれほど大きな場所を占めていたことは、まったく不思議ではないのである。(同書、「ドストエフスキーと父親殺し」p274)

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この言葉はそれだけでは理解しがたいものだとしても、オリンピアとナターニエルの内的な同一性を示すものと考えれば、その意味が理解できる。オリンピアはいわばナターニエルのコンプレックスを分離して、人物像として示したものなのである。(同書、「不気味なもの」p205)

補註: 自動機械の人形オリンピア: E.T.A.ホフマンの「砂男」から。主人公が大学生ナターニエル。

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原感覚としての儒教を大切にすること

2017年8月15日 火曜日 曇り

加地伸行 儒教とは何か 中公新書989 1990年

私は真言宗信者として仏教を、原感覚として儒教を、論理矛盾を知った上で、ともに大切にしている。(加地、同書、p224)

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加地伸行 儒教と老荘:絶対と相対

2017年2月5日 日曜日 晴れ

加地伸行 儒教と老荘 (加地伸行編・「老荘思想を学ぶ人のために」) 世界思想社 1997年

儒教と老荘思想との関係

老荘思想: <相対>というものの見かたの提案
儒教思想の基本は、<絶対>という価値を認めることである。・・しかし、老荘思想は、そういう<絶対>の窮屈さ、虚飾、こだわりといったものを徹底的に揶揄し、批判し、そして否定する。それは<相対>というものの見かたの提案である。死さえも生との相対において見るのであり、まして、世俗の数量的絶対化(補註#)の愚かさを痛烈に突く。(加地、同書、p85)

補註# 「世俗の数量的絶対化」とは具体的に何を指しているのか、宿題とさせてください。(2017年2月5日時点で)

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老荘思想や儒家思想を支えていた階層とは何であろうか?
 私(=加地さん)は「老子」に軍事指導者の影を見る。それはむしろ都市生活者の影である。儒家思想は農村を、老荘思想、少なくとも「老子」は都市を、それぞれ背景としているのではなかろうか。
 だいたい<相対>化してものを見るというのは、余裕があるからである、都会的視点である、世の中は広いということを知っている者の発想である。これに反して、<絶対>の追究などというのは、余裕がなく、世間を知らない者の発想である。農村(「近代化された農村」という意味ではない。「前近代的社会の農村」という意味)的な視点である。
 老荘思想ーーーそう聞くだけで農村との結びつきをイメージするのは、先入観にすぎない。(加地、同書、p86-87)

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