鐸木能光 新・マリアの父親

2018年5月3日 木曜日 雨のち曇り
鐸木能光 新・マリアの父親 2012年(原本1991年のリライト版)
メディアを使った情報ってのはパワーゲームなんだ。権力者が本当に知られたくない情報は、メジャーなマスコミには流れない。しかも俺は決定的な証拠を掴んではいないんだ。一度植えつけられた衝撃的な情報をひっくり返すのは大変なことだよ。それに・・(鐸木、同書、キンドル版1464/2728)

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太宰治「おさん」と源氏の女たち

2018年3月17日 土曜日 晴れ

太宰治 おさん

昨夜、wis さんの朗読で太宰治の「おさん」を聴いた。

このお話を書いてからそれほどの年月が経たないうちに太宰の死があったことを考えると、太宰はこの小説で自分の死へのレールを敷いてしまったことになる。語り手の女性は(主人公の男の)妻であるので、この小説でも太宰は複雑な視点から主人公の男(不倫相手と諏訪湖で入水心中する)を見つめていることになる。

今、私は源氏物語の現代語訳を読んでいるところである。「おさん」の中で語られる妻の視点は、源氏物語の登場人物の女性の中に探り当てて措定することができそうな気がする。

たとえば花散里に。花散里は光源氏そして夕霧の「うら若き母親役」ともいえるかもしれない。

あるいは、ある時期(たとえば女三宮がやって来る前のどこか)の紫の上に。明石の上と源氏との間に生まれた姫君を紫の上が引き取って育てる。やはり、「うら若き母親役」ともいえるかもしれない。

「おさん」の中では、男が入水心中してしまうので、話はそこで終わる。しかし、もし心中することがなかったり、心中が不成功だったりした場合(たとえば不倫相手の女だけが死んで、男が生き残る、など)には、現実生活はどのように進んでいくのか。「おさん」作中の妻の女性はどうなるのか? すでに800年近くも前に書かれた源氏物語の登場人物の女性の生き方の中にすでに書き表されていたかもしれない、という予感がする。

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難波なる長柄の橋もつくるなり今はわが身を何にたとへん

2018年3月1日 朝からしっかりとした雪、午後になってもしんしんと降り続く

丸谷才一 輝く日の宮 講談社文庫 2006年(2003年に単行本として発行)

丸谷才一さんの「輝く日の宮」読了。モームのメリーゴーラウンドやオーウェルのアスピディストラ(オリヅルラン)などを読み終えた次なので、男女の仲という視点からは気楽というか平穏な結末の小説を読み通すことは、私の気持ちに気分転換と若干の安らぎを与えてくれることとなった。

この小説の登場人物たちは、いわゆる現代日本社会における上流、オーウェル流に区分けするなら9段階の上から3番目、上の下の品格に相当する(と思われる)。たとえば主人公・安佐子は大学教授の娘であり、父から東京品川にマンションを買ってもらっている。彼女自身は国文学の研究者で大学の専任講師から准教授に昇進した。行く末は学部長や学長を歴任することであろう。その兄は日銀で出世コース、作中ではロンドンに赴任してから昇進して帰国する。主人公・安佐子の前夫は大学の若手研究者、離婚後の愛人は同業の大学准教授、次いで一部上場企業の部長(作中で社長に昇進する)である。これらの男たちとも文通などによる付き合いは続けられ、決定的決裂はないのである。

人間の絆・メリーゴーラウンドやアスピディストラでの男女間のどろどろの葛藤や出口のない生き地獄・悲惨な不幸はこの安佐子ワールドとは別世界のものである。

さて、この小説は語りの視点その他、大変面白い構造にもなっている。その上に、細部に至るまで様々な工夫が織り込まれていて、楽しめるものであった。

たとえば・・

文学と史学との学際的研究(丸谷、同書、p62-69参照):
古今集・巻第十九(1051番)

難波(なには)なる長柄(ながら)の橋もつくるなり今はわが身を何にたとへん  伊勢

補註 「作るなり」か「尽くるなり」か?(丸谷、同書、p63)
「男もすなる日記といふものを女もしてみむとてするなり」ーー高校一年生の国語の時間に習う「土佐日記」の出だしの句が浮かぶ。伝聞の「なり」は終止形に付き、断定の「なり」には連体形に付く。45年前に習った文法知識だ。よく覚えている。私の古典の先生・三村先生の口調までが脳裡に浮かぶ。だから恐らく、丸谷さんの小説のこの部分は高校生から老人まで、古典を愛する日本人のほとんどの人が楽しめる。

でも、さらりと読み飛ばさないで、私も少し考えてみたい。

北畠親房や賀茂真淵がこんな文法問題で間違う(丸谷、同書、p64)ということがありうるだろうか? 賀茂真淵の時代にはこのような動詞の活用形に関する文法がなくなり、古典文法知識が曖昧になっていたのだろうか? そんなバカな・・それは到底、考えられない。だから、意見が分かれているとしたら、相応の理由があるはずである。安佐子が本文中で論じたような簡単な文法問題で白黒付けられるはずはなかったと推定される。

おそらく、賀茂真淵は、「尽く」の連体形+(伝聞ではなく)断定の助動詞「なり」としたのである。

ネットで調べてみると・・
http://www.milord-club.com/Kokin/uta1051.htm 古今和歌集の部屋 > 巻十九
この歌の “つくる” は 「尽くる」と見る説もあり、その場合 「尽く」の連体形+断定の助動詞「なり」ということになるが、一般的には、仮名序に 「今は富士の山も煙たたずなり、長柄の橋も造るなり、と聞く人は歌にのみぞ心をなぐさめける」とある二つの 「なり」は終止形につく伝聞の助動詞「なり」であることから、この歌の 「つくるなり」も 「造るという」ということであるとされている。
・・・(中略)・・・
秋成の友人の桑名雅言(まさのり)が 「伊勢集」にこの歌の詞書として 「長柄の橋つくると聞きて」とあることを元に 「作る」ではないかと(契沖「余材」と同じように)言っていることを紹介した後、「...又思ふにつくるはくつるとありしを転倒して写なせしにもやともおもはるゝ也尽る也といふは今少おちゐぬやうにおぼゆかし」と、「つくる」は 「くつる」の写し間違いかも、という説を述べている。以上、引用終わり。

補註つづき 古今集の仮名序の著者(紀貫之ら)は「造る」として伝聞の助動詞「なり」と考えていたようだ。桑名雅言(まさのり)のつくる」は 「くつる」の写し間違いかも、という説は、新説であるが、あり得ないことではなく、第3の仮説として挙げてよいだろう。

さらにウェブで調べてみると・・
https://ameblo.jp/muridai80/entry-11436913251.html
驚いたことに、『伊勢集全釈』(唯一の信頼できる解説書でしょうか)のこの歌の題詞は「長柄の橋つくるを聞きて」でした。この「つくるを聞きて」とある、「を」と、『新編日本古典文学全集』の「と」とは大きく異なります。「と」であれば、その上接語は「終止形」となりますが、「を」だと「連体形」になります。そして、「連体形」だと、「作る」(四段活用)の連体形も「つくる」であり、「盡く」(上二段活用)の連体形も「つくる」となり、どちらとも決めることが出来ません。「と」と、「を」のどちらが原文かを決定できない限り、この「つくる」が「作る」か、「盡くる」かを文法的に決めることは出来ないというのが私の結論です。・・・(中略)・・・
 ただ、史実に即しての結論は『輝く日の宮』に出てきます。そして、『輝く日の宮』の主人公、杉安佐子の結論とは異なり、その本文中に出てくる、史実が明らかにしたとある、「盡くる」説に私の気持は傾いています。

以上、ウェブサイト https://ameblo.jp/muridai80/entry-11436913251.html
『輝く日の宮』を再読して(4) より引用終わり。

補註つづき・・ということで、伊勢集の題詞で、「と」と「を」のどちらが原文かを決定するのが一番大事なポイントになっていることがわかった。原典や写本などにアプローチできる研究者にお任せする課題であろう。さて、丸谷さんの本文中(p64)に出てくる、史実が明らかにしたとある、「盡くる」説に関して、この歌の作者である伊勢の年齢など、実は難しい問題を多く残していそうである。丸谷さんは、これらの論議を十分に調べた上で、それでも小説の中では不十分なところをわざと残しておいたのではないか、等々、興味は尽きないのである。

補註: また、伊勢の歌には本歌がある。

ウェブ情報によると・・名歌鑑賞 2083 より<以下引用> 
https://blogs.yahoo.co.jp/sakuramitih26/62547079.html
本歌です。
世の中に ふりぬるものは 津の国の 長柄の橋と
我となりけり            
           詠人知らず(古今和歌集・890)
(よのなかに ふりぬるものは つのくにの ながらの
 はしと われとなりけり)
長柄の橋=淀川の支流の長良川にかかる橋。
     洪水で流されて修理が繰り返されていた。
以上、引用終わり。

補註つづき 長柄の橋の「長柄」は「ながら」と読む。ながら(長良・長柄)川に架かる橋なのである。この小説で、安佐子の愛人となる「水のアクア」の部長の名前は長良(ながら)さん、そしてその会社の会長は橋本さん・・「長柄の橋」が前触れの幽霊のような役柄で働いている。遅ればせながら気がついた。小説の中では偶然となっているが、作者の構想のなかではすでに予定されていた人物名であったろう。
 安佐子が長良に初めて会ったときにも、長柄の橋vs長良豊という名前からくる既視感(デジャビュ)に不思議なものを感じたことは十分にあり得る。
 ・・とうわけで、細部を取ってみただけでもなかなか面白い。こんな読み方もまた文学の楽しみ方かもしれない。

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