<対話>のない社会

2015年6月11日 木曜日

中島義道 <対話>のない社会 PHP新書 電子書籍版

残酷なことに、能力の差を問題化することをこの社会は激しく嫌うのだ。・・・中略・・・成功者は競って劣等生ぶりを披露するが、こうしたお話は「現役劣等生」の心を曇らせるだけである。彼らはよく知っているのだ。そう語れる社会の勝利者は、受験の勝利者よりさらに少数であることを。(中島、同書、電子書籍版 第1章38/59、40/59より)

問題は、全国の大学教師は、学生たちから言葉を引き出そうとする努力を怠っていることである。いや、大部分の大学教師はさらに輪をかけて学生たちから言葉を奪っているのだ。(同書、第1章59/59)

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真の文明は人を殺さず

2015年5月18日 月曜日 曇りのち雨(ただし岡山県北地区)

小松裕 真の文明は人を殺さず:田中正造の言葉に学ぶ明日の日本 小学館 2011年9月

新千歳空港の待合室で読み始めて、岡山空港で手荷物受け取り待ちの間に読み終えた。

人民は人民の経験を信じて一歩譲るべからず。同書、p118。

下情を見んとせんよりはむしろ身をもって下情に置くべし。下界に身を置かずしていかにして下情に通ずるを得ん。同書、p123。

耕せば天理 同書、p138。

正造は、土地を耕作すること自体に価値を見いだし、耕作の結果えられる生産物の私的所有や独占を目的にはせず、それを天からの贈り物として誰もが分かち合うことを理想とした。「天産」という自然の恵みを平等に享受することこそが、かれの願いであったのである。 同書、p139。

いのちへの畏敬の念をもっていたからこそ、正造は、自然界のあらゆる存在に霊性(スピリチュアリティ)を認めるのである。そして、霊性や神秘という信仰の原点ともいうべきものに謙虚であろうと心がけた。「人の一生は神秘を研究するが終身の業務であり、また神秘をしるは人の天職なり。天より命ぜられたる公務であり、人は神秘をさぐり研究し感心するために生まる」というのである。(同書、p150)

時に風月は高く、清風はおもむろに来たり、波間魚躍るを見、村歌辺に耳を喜ばしむ。我人生無限の快。神ともしばしば感ずるあり。人には逆境はなきものなり。皆楽しみなり。1909年6月23日。同書、p151。

天地とともに生きたる言動を以てせよ。天地と共に久しきに答えよ。1913年2月4日 同書、p153。

「人の人たる本義」とは、・・・貴重な天賦の人権を重んじることであり、正直や誠実、徳義や人道を実践することであった。まず、「人になる」ことが必要なのである。同書、p172。

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<知る>ことが民主主義の土台

この道しかない:本当にそうか?

官僚機構による日本の対米従属:官僚が権力保持するための仕掛け

2015年4月9日 木曜日

田中宇(たなか・さかい)さんの「国際ニュース解説:世界はどう動いているか」については何度か紹介してきた。多くの海外記事を読み解かれながら総合的に冷静に分析されており、私たちはかれこれ15年以上も前から単行本と日頃のWEB併せて勉強させていただいている。

私たち門外漢にはどうしても多くの原著に直に当たって調べる時間と心のゆとり並びに語学力が不足しているので、まずは田中宇さんのような方にガイド役を担当してもらえるのは大変助かる。以下は今朝の「田中宇:安倍訪米とTPP」からまとめの部分を引用させていただく:

金融破綻や好戦策への拘泥など、対米従属は今後、不利益や害悪がますます大きくなる。それなのに日本は、米国(ドル延命)のために、自国の通貨や金融を破壊するQE拡大を続けている。日本は、対米従属を続けるために、自国の農業や消費者の安全を破壊するTPPに加盟する。日本は、対米従属を続けるために、沖縄の人々をひどい目に遭わせる米軍基地運用を続けている。日本は、縮小が確実な米国に従属し続けるために、拡大が確実な中国を嫌悪し続けている。日本の対米従属は、官僚機構が独裁的な(選挙で誰が勝とうが官僚が政策を決める)権力を保持し続けるための仕掛けだ。対米従属が日本の弱体化(財政破綻、貧困化)の元凶なのに、ほとんどの日本人がそれに気づいていない。(田中宇の国際ニュース解説 無料版 2015年4月8日 http://tanakanews.com/ より引用)

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昨年暮れの衆議院選挙のおり、与党自民党の安倍総裁の用いた「景気回復、この道しかありません」ーーー これは本当にそうなのか。この道しかーーーという言い方・考え方・説得の仕方は、短絡的で大変危なっかしい道へとつながっている。多くの選択肢・可能性をすべて列挙し、それぞれ緻密に考えてゆかなければ、最善手の候補は見つからないだろう。そのために、何よりも大切なことは、国民ないし地域住民の一人一人ができるだけバランスのとれた精確な情報を「知る」ことだ。その知識を土台として、話し合い、最後には個々人が独立した判断をしてゆかねばならない。知識の土台すなわち<知る>ことがなければ、独断にせよ付和雷同にせよ、大変危うい道を歩くことになる。(子曰、学而不思則罔、思而不学則殆)

プロパガンダ的な情報は世に満ち溢れているが、<知る>ことが十分に達成できる環境そして子どもの時から大学や大学院生までの教育が、(私たちの民主主義の土台として成熟する水準までに)整っているとは言い難い現状である。

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以下は私の2010年4月29日付けWEBページ「教育の核心:民主主義を育てる」から引用:

この時、各人に、広い視点からの、偏らない、十分な情報が平等に与えられることが必須である。この部分が大切であり、古来うまくできてこなかった。権威に寄り掛かることは、自分の意見を形成する上でも、極めて危険である。大学などの高等教育で誤ったことがあたかも正しいかのように教えられることが多いことを各人が銘記すべきである。マスコミがプロパガンダの発信器になっていることも多い。インターネットの普及によってかなり楽になってきたとはいえ、多くの情況で、情報源の偏り・正確な情報の偏在などが、問題の本質をみえなくさせている原因である。(2014年4月29日付け該当ページも参照下さい。)

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介護保険申請手続き

介護保険申請(要介護認定の申請)手続きを行った

中村聡樹 上手に活用!介護保険&介護サービス 学研 2013年

2015年3月24日朝からTC病院脳外科受診、左中大脳動脈閉塞による側頭頭頂領域の梗塞の診断。症状は右の半側空間無視と失語。同日午後、T市の包括支援センターのOさんWさんに訪問していただき面談と相談、介護保険申請(要介護認定の申請)手続きを行った。

翌25日午前、T市役所の調査員による訪問審査を受ける。同時にケアマネジャーのSさん・訪問介護(ホームヘルパー)を行っていただけるU園のNさんにも面談していただき今後の方針や具体的な段取り相談をして、必要書類など記入し申し込み。暫定的に週2回か3回ぐらいで4月の頭からホームヘルパーの方においでいただけることになった。包括支援センターのOさんWさんがアレンジして下さってここまでスムーズに進めることができた。若手のWさんがこの地区を担当してくださっている。

25日午後は、ヘルパー資格をもつ運転手さんのタクシーを頼んで、Y氏と一緒に市役所にゆき、印鑑証明をもらってから、介護保険・高齢者健康保険・市税その他もろもろの書類に関して送付先指定変更の手続きを行い、さらに県の社会福祉協議会による「日常生活自立支援事業サービス」の利用申請を行った。夕方は自宅に戻り、日産のHさんにお願いして事故車の廃車手続き。さらに、お隣のT伯母さんにワンちゃんたちのエサと水やりを引き続き行っていただけるようお願いした。また、T伯母さんと一緒にY氏の玄関前に積み上げられている段ボールの空き箱やドッグフードの空き袋などを整理処分。さらに夜はワンちゃんたちの今後に関してY氏と相談。姉に電話をかけてあげて、Y氏と姉が電話討論。結果、姉が3月中にワンちゃんたちを引き取ることになった。手筈は姉に一任。失語のためもあり、Y氏はワンちゃんたちの名前も私の名前も思い出すことはできない。

26日はS町の君子叔母をたずね、一緒に母やご先祖のお墓参り。小さなお地蔵さんのお墓は君ちゃんたちの一番下の弟、生後一ヶ月ぐらいで亡くなった男の子のお墓だそうである。午後、従兄弟の光明さんにクルマで岡山空港まで送っていただき、飛行機を乗り継いで札幌に帰ってきた。

27日、上記の介護本を書店で買ってきて読み始める。

28日、最寄りの電気量販店で電磁調理器・3合炊き炊飯器・保温ポットの3点を購入し、Y氏宅へ配送手配。夜、上記の介護本をざっと通読、読了。

ケアマネジャーとケアプラン(同書、60ページ)を作成するのは要介護度が決定してからとなる。来月の中下旬ぐらいだろうか。Y氏の状況は、要支援2ないし要介護1ぐらいか。またはひょっとすると半側空間無視と失語による独り暮らしの不自由と危険の状態を重くみて要介護2になるのかもしれない。介護認定審査会の判定を待つことになる。利用できるサービスは、要支援では「介護予防サービス」、要介護では「在宅サービス」と「施設サービス」(同書、56ページ)。すなわち、要支援の人は施設サービスを利用できない(同書、66ページ)。 来週金曜日あたりから暫定的な訪問支援・介護が始まるので、Y氏の生活も少し楽になると思う。交通事故による肋骨骨折の痛みも治ってきてお風呂にも入れるようになるのではないかと思う。

ケアプランの作成に際して、この本をもう一度読み返しておきたいと考えている。よく書かれている実用書。

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「子ギツネヘレンがのこしたもの」感想文

 

「子ギツネヘレンがのこしたもの(偕成社)」を読んで

 

2005年10月2日

 
私が最近読んだ、竹田津実さんの動物の診療所日記の第2巻。深く感動した本である。

障害を持つもの、物言わぬものに対して、人が何をなすことができるか、何をなしたか、何を理解できるか、何を分かってもらえるか。

人はわがまま勝手なものではあるが、障害を持つものに対して、どれだけ暖かく「なすべきこと」を考えてあげられるか、実際になしてあげられるか。

ただ、これを小学生に理解してもらうのは難しいかもしれない。小学生と言っても経験はさまざまで、上記のような概念(ことば)を押しつけても理解してはもらえないだろう。こどもたちも、人となってゆく過程でさまざまの経験をし、次第に深く物事を考えるように成長してゆくのであるから。

医者や看護師が、職業人として、患者のヘレンに対して「できること」は少ない。できることを行うこと。すべきでないことを行わないこと。また、どのような場合でも医者や看護師は脇役に徹すること。あくまでヘレンと「その家族」が主役であること。ただ、この場合、ヘレンは孤児(みなしご)で、看護に当たる竹田津さんの奥様と竹田津さんとが「家族」として生きなくてはならない。

安易な安楽死は、ヒットラーの殲滅収容所と、意外と近い関係にある。一方で、安楽死をとらないかぎり、できることは極めて限られており、人は優しければ優しいほど、深く悩みながら行動を選んでゆくことになる。が、それが本当の生き方だろう。確信している。そのようなパラドックスの中にだけ、本当の人の生き方があることを。

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さて、ヘレンの障害に関して:
交通事故による脳挫傷や脳内出血では、嗅覚・視覚・聴覚喪失の3重の障害を同時に説明するのは難しいように思う。平衡感覚系統には障害は少なそう。脳神経のVIII番(聴神経)が交通事故などの外傷により両側やられたということはやや考えにくい。症状の記載からは、骨伝導による聴覚がどれほど温存されているか、わからない。もちろん、ヘレンにめまいや耳鳴りがひどかったかどうかも、わからない。ただし、ヘレンの写真を拝見する限り、斜視などは明らかではないので、脳神経でもIII、IV、VIには特に問題なさそう。以上のことから、ヘレンの疾患を考察すると: 両側の中耳炎(局所の細菌感染症)がひどくなって、さらに脳炎へと波及し、脳神経のI(嗅覚)とII(視覚)に傷害を残したか。あるいは内耳組織への自己免疫ないしウイルス感染などで、聴覚を失うとともに、脳神経のIとII両側に炎症ないし感染(脳炎)が波及し、大きな障害を残したか。もとより、私の乏しい臨床経験では、このような難病の患者を診察したことは無い。いつか機会があれば、耳鼻科や眼科、神経内科などの専門の先生にお話を伺ってみたいと思う。

 

以上、2005年10月2日付けのWEBページより再掲

 

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