炊飯器の仕組み

2018年12月11日 火曜日 曇り
谷腰欣司監修 図解プロが教える電気のすべてがわかる本 ナツメ社 2010年
炊飯器の仕組み
ヒーターで加熱する熱板式炊飯器
 現在、市販されている炊飯器は、加熱方式により熱板式とIH式に大別される。(同書、p180)
IH式炊飯器の仕組み
 今や炊飯器の主流となっているのがIH式だ。これは、・・電磁誘導によって金属製の内釜自体を発熱させるしくみになっている。(同書、p181)
 一般的なIH式の内釜は、ステンレス(外側)とアルミニウム(内側)の二層構造で、底部にコイルが取り付けられている。炊飯時にはコイルにインバータ回路で高周波電流を断続的に流し、発生した磁力線によって渦電流を起こす。この電流は、コイルがついている内釜外側のステンレスの抵抗によって熱エネルギー(ジュール熱)に変換され、熱伝導率のよい内側のアルミニウムから内釜全体に伝わっていくのである。(同書、p181)
 IH式炊飯器は一気に加熱でき、内釜全体にムラなく熱を伝えることができる。(同書、p181)
TOPIC 主婦の仕事を楽にした自動式の電気炊飯器
1955(昭和30)年に「自動式電気釜」を開発した光伸社(こうしんしゃ=東京の町工場のひとつ。東芝の協力会社のひとつ)。東芝から発売されたこの炊飯器は「二重釜間接炊き」という方式。・・主婦の家事労働の負担を大幅に軽減したこの製品は、爆発的な売れ行きを記録した。(同書、p181)
補註:・・ということは、電気釜ができてから60年余。
三並義忠・風美子夫婦が営む光伸社という町工場・・については、

☆ 台所革命を起こした町工場 ☆
http://www.echirashi.com/column/html_columns/momo128.htm
というコラムに感動的なお話が紹介されているので読んでみていただきたい。風美子さん(・・フミコさんとお読みするのだと思う)は、それからほどなく、1959年に 45才の若さで他界されたとのこと。早60年もの歳月が流れてしまったけれども、今なお日々の恩恵を受けているものの一人として、心からの感謝を胸に、ご冥福をお祈り申し上げます。
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補註: 炊飯器のしくみについて、初めて読んだ。そこで早速、わが家の機種について調べてみたところ、「象印・圧力IH炊飯ジャー」であった。
 つまり、IH調理器:電磁誘導加熱(Induction Heating)によって熱を生じさせる電磁調理器(同書、p178)だった。(実は今日まで、わが家に電磁調理器があることを知らずにいた。)
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鐸木さんと選挙 & 「斎(齋)」vs「斉(齊)」

2018年4月14日 土曜日 くもり
 
鐸木さんの180410付けの日記より <以下引用> http://nikko.us/18/051.html
 
なるべく喧嘩せず、対立構図を作らず、したたかに相手(国や県や大企業)を取り込み、結果として今よりいい方向に向かう知恵と対人関係形成能力が政治家には不可欠。清濁併せ呑み、ゲームに勝つずるがしこさも必要なのだ。

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鐸木能光 医者には書けない幸せな死に方

2018年1月22日 月曜日 雪

たくきよしみつ(鐸木能光) 医者には絶対書けない幸せな死に方 (講談社+α新書) 2018年

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「家で死にたい」親と「家で死なせたくない」家族
 介護に疲れ果てて親や配偶者を殺したり心中したりする事件はたくさん起きていますし、これからも増えていくでしょう。そうした現実も踏まえて、介護施設や介護サービスを正しく選択し、うまく利用する技術も必要になってきます。(鐸木、同書、p149)

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私は、下の世話であれ入浴の手伝いであれ、「介護」と名のつく行為が必要になった場合、親子が無理に同居するのは極力避けたほうがいいと思っています。(鐸木、同書、p150)

・・となると、寝たきりではないが共同生活も困難であるという、いちばんやっかいなレベルの老人の面倒は家族がみなければならないという状況が生まれ、その結果、介護する側の家族のほうがストレスに耐えきれず、先に倒れてしまうのです。
 親の介護ができないような子は親不孝だという考え方は、子の側だけでなく、親の側も不幸にします。(鐸木、同書、p151)

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入所可能な施設が見つかったら、契約前にこう訊いてみましょう。
「ここで死んでもいいですか?」「ここで死なせてくれますか?」と。
その問いにどれだけしっかりした答え方をしてくれるかで、その施設のポリシーや姿勢が見えてくるはずです。(鐸木、同書、p186)

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・・「愛」などという言葉を使うと都合よく取り繕っているように思われそうですが、歳を取ってからの愛は、自分の弱さ、欠点、死を逃れられない運命・・そういうものの裏返しではないかと感じます。(鐸木、同書あとがき、p221)

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補註 認知症や介護施設のところは「情報」や「具体的な技術」が詳しく上手にまとめられていて大変参考になった。鐸木さんの「のぼみ〜日記」http://nikko.us/17/294.html もいつも読ませていただいている。

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死をさけることのできない人間のフィナーレ

2018年1月21日 日曜日 晴れ

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中村 仁一 「治る」ことをあきらめる 「死に方上手」のすすめ (講談社+α新書) 2013年

久坂部 羊 日本人の死に時―そんなに長生きしたいですか (幻冬舎新書) 2007年

星新一 ひとにぎりの未来 新潮文庫 昭和55年(もとの作品集は昭和44年に新潮社から刊行された)

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老い方・死に方を見せる役割
 老年期は、自分がこれまでの人生で価値あると思ったものを、次の世代に受け渡していく時期です。その老い方・死に方を後からくるものに見せるという、最後の役割、仕事が残されていると思います。
 死に方にもいろいろな型がないと困るわけですから、従容として死ぬ必要はないのです。泣き喚いても、のたうち回っても、それはそれでいいと思います。
 老い方も、決して立派である必要はなく、ボケでも寝たきりでも、どのような形でも、一向に構わないのです。(補註#参照)(中村仁一 上掲書、p103)

上手に子離れを
 親は子どもを育てる過程で、子どもがいなければ体験できないような人生の局面を、「怒り」や「嘆き」や「心配」により、たっぷりと味わわせてもらっているのです。子どもはそれで十分に親に恩返しをしており、そのことで、親と子どもの関係は差し引きゼロになっていると思います。
 ですから、それ以上の反対給付を子どもに望むのは、強欲といっても差し支えないと思うのです。(補註##と補註###を参照)(中村、同書、p129)

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「先生の開発なさった、あの新薬の効果は劇的でございますね。すばらしいと言うほかありません」
「ああ。天国の幻覚を見せる作用を持つ薬のことか。あれを使うと、だれも死に直面することがこわくなくなる。いや、あこがれるようになりさえする。そして、やすらかな死にぎわとなるのだ」
「死をさけることのできない人間すべてにとって、最高の救いであり、最高のおくりものといえましょう」
 だが、医者はどこかつまらなそうな表情で言う。
「わたしもあの薬を開発してよかったと思う。使用法がああだから、秘密にしなければならず、・・・以下略・・・」(星新一 フィナーレ p340 ひとにぎりの未来 新潮文庫 昭和55年)

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補註# A)「老年期は、自分がこれまでの人生で価値あると思ったものを、次の世代に受け渡していく時期」; B)「その老い方・死に方を後からくるものに見せるという、最後の役割・仕事」
 筆者・中村仁一さんのお話の骨子と思われるところである。
 A)に関しては「価値」のすりあわせが老者と次世代者のあいだでできていないことが問題となる。
 B)に関しては結局はあらゆる人が遂行してしまう。しかし、以下のことが問題となる。すなわち:
1)特殊な事例を除いて、老いそして死ぬ老者自身が、それ(=「その老い方・死に方を後からくるものに見せるという、最後の役割・仕事」)を価値として自覚できない(つまり上記A項が自覚的に遂行されない)場合が一般的である。
そしてまた、
2)(やはり、特殊な事例を除いて)先達の老い方・死に方を見つめるという役割・仕事を請け負うべきはずの「次世代者」が、その請け負いを無自覚あるいは忘却ないし無視して過ごしてしまうことが常態である。

補註者の見解としては、「次世代者」として一般に他の「人」を想定しても現実味に乏しいと思う。やはり特定の「家族」の人を想定することしか現実的な議論はできないと思う。

したがって、
補註## 中村さんのご意見としては「それ以上の反対給付を子どもに望む」のはいけない、とおっしゃることで「子ども」の負担を軽減してあげたいという優しいお気持ちはよくわかるものの、老いる(そして死ぬ)人はその「子ども(家族)」にしか、価値あるもの(そして逆に負の価値の高いもの=苦労)を受け渡すことが許されていないという現実を直視すべきであろう。

補註### それ以上の反対給付を子どもに求めること・・人類を除いて他の哺乳類のほとんどは生殖年齢を過ぎると死んでしまうので、「それ以上の反対給付」を子どもに求めることはない。しかし、人類は寿命が延びたため、生殖年齢を過ぎた後にも何十年かを生きられることになる。自分の世話を十分に行う事ができなくなった最晩年の介護は、誰かが担わなければならない。誰が担うべきか? ・・議論は根元に戻ることになる。

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