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太宰治 パンドラの匣

2017年11月10日 金曜日 曇りのち雨

太宰治 パンドラの匣 太宰治全集8 筑摩書房 1989年(オリジナルは昭和二十年一〇月二二日から二二年一月七日まで「河北新報」新聞連載小説)

死と隣り合わせに生活している人には、生死の問題よりも、一輪の花の微笑が身に沁みる。僕たちはいま、謂わば幽かな花の香にさそわれて、何だかわからぬ大きな船に乗せられ、そうして天の潮路のまにまに身をゆだねて進んでいるのだ。この所謂天意の船が、どのような島に到達するのか、それは僕も知らない。けれども、僕たちはこの航海を信じなければならぬ。死ぬのか生きるのか、それはもう人間の幸不幸を決する鍵では無いような気さえして来たのだ。死者は完成せられ、生者は出帆の船のデッキに立ってそれに手を合わせる。船はするする岸壁から離れる。
「死はよいものだ。」
 それはもう熟練の航海者の余裕にも似ていないか。新しい男には、死生に関する感傷は無いんだ。
  九月八日(大宰、同書、p45)

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「・・真の自由思想家なら、いまこそ何を置いても叫ばなければならぬ事がある。」・・・(中略)・・・「天皇陛下万歳! この叫びだ。昨日までは古かった。しかし、今日に於いては最も新しい自由思想だ。十年前の自由と、今日の自由とその内容が違うとはこの事だ。それはもはや神秘思想ではない。人間の本然の愛だ。今日の真の自由思想家は、この叫びのもとに死すべきだ。・・・以下、略・・・」
  十月十四日(大宰、同書、p112)

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・・献身の身支度に凝り過ぎた。お化粧にこだわっていたところが、あったように思われる。新しい男の看板は、この辺で、いさぎよく撤回しよう。僕の周囲は、もう、僕と同じくらいに明るくなっている。全くこれまで、僕たちの現れるところ、つねに、ひとりでに明るく華やかになって行ったじゃないか。あとはもう何も言わず、早くもなく、おそくもなく、極めてあたりまえの歩調でまっすぐに歩いて行こう。この道は、どこへつづいているのか。それは、伸びて行く植物の蔓に聞いたほうがよい。蔓は答えるだろう。
「私はなんにも知りません。しかし、伸びて行く方向に陽が当たるようです。」
 さようなら。
  十二月九日(大宰、同書、p154-155)

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 (マア坊は)小さく首肯(うなづ)いて、顔を挙げた。その顔が、よかった。完全の無表情で鼻の両側に疲れたような幽かな細い皺が出来ていて、受け口は少しあいて、大きい眼は冷たく深く澄んで、こころもち蒼ざめた顔には、すごい位の気品があった。この気品は、何もかも綺麗にあきらめて捨てた人に特有のものである。マア坊も苦しみ抜いて、はじめて、すきとおるほど無慾な、あたらしい美しさを顕現できるような女になったのだ。これも、僕たちの仲間だ。新造の大きな船に身をゆだねて、無心に軽く天の潮路のままに進むのだ。幽かな「希望」の風が、頬を撫でる。(大宰、同書、p149)

・・いまの女のひとの顔には皆一様に、マア坊みたいな無慾な、透明の美しさがあらわれているように思われた。女が、女らしくなったのだ。しかしそれは、大戦以前の女にかえったというわけでは無い。戦争の苦悩を通過した新しい「女らしさ」だ。なんといったらいいのか、鶯の笹鳴き(補註#)みたいな美しさだ、とでもいったら君はわかってくれるであろうか。つまり、「かるみ」さ(補註##)。(大宰、同書、p150)

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補註# 鶯の笹鳴き
ウェブ歳時記によると・・笹鳴
小鳴/笹子/笹子鳴く/鶯の子鳴く
鶯は冬になると餌を求め、山を下り人里で暮らす。鳴き声の美しい鶯も冬にはチャッ、チャッ、という地鳴きしかできない。幼鳥に限らず、冬の鶯の鳴き方はこの地鳴きである。(cf.谷渡り)

補註## かるみ
小西甚一 俳句の世界 の芭蕉の項を参照下さい。

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