カテゴリー別アーカイブ: 英文学

ディケンズ ドンビー父子(6)

2017年4月22日 土曜日 雨

ディケンズ ドンビー父子 田辺洋子訳 東京こびあん書房 2000年

Charles Dickens, Dombey and Son, Penguin Classics, 2002 (原作は1848年)

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It may have been that in all this there were mutterings of an awakened feeling in his (=ドンビー氏) breast, however selfishly aroused by his position of disadvantage, in comparison with what she (=フローレンス) might have made his life. But he silenced the distant thunder with the rolling of his sea of pride. He would hear nothing but his pride. And in his pride, a heap of inconsistency, and misery, and self-inflicted torment, he hated her.
To the moody, stubborn, sullen demon, that possessed him, his wife (=イーディス) opposed her different pride in its full force. They never could have led a happy life together; but nothing could have made it more unhappy, than the willful and determined warfare of such elements. (ibid., p610)

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2017年4月26日 水曜日 曇り

  ’I trust myself to that,’ she said, ‘for his better thoughts of me, and mine of him. When he loves his Florence most, he will hate me least. When he is most proud and happy in her and her children, he will be most repentant of his own part in the dark vision of our married life. At that time, I will be repentant too — let him know it then — and think that when I thought so much of all the causes that had made me what I was, I needed to have allowed more for the causes that had made him what he was. I will try, then, to forgive him his share of blame. Let him try to forgive me mine!’ (ibid., p940)

補註 田辺洋子訳のドンビー本、今朝、読了。読み始めたのが4月14日なので、12日間もかかったことになる。原書ペンギン版で1000ページ弱、訳本田辺版で上巻下巻合わせて1000ページ余。ハード・タイムズ(1854年)に比べて恐らく4倍ものヴォリュームの大作であった。ハード・タイムズの方が6年も後の作品になるけれども、このドンビー父子の方が、少なくとも父と娘との愛情のテーマに関しては、あるいは夫婦の間の愛(憎)に関しても、(それぞれハード・タイムズとの対応が考えられるが)、このドンビー本の方が、より突っ込んで入れ込んで書かれている。

ディケンズの長篇に関して、私はまだ数冊を読み終えたばかりであり、全容を語れる立場にはない。が、ハード・タイムズでもドンビー父子でも同じようなテーマが繰り返し描かれていることを鑑みると、ディケンズが執拗に追究し乗り越えようとし、しかしすっかりとは乗り越えられずに藻搔いていたテーマであるのだろう。それはまた、読者の心の中で、過去に解決済みとされていながら、単に埋蔵して忘れられていただけで実は全く解決されていなかった問題(癒えていない心の傷といってよいかもしれない)を自覚させられ、掘り起こせと呼びかけられるのであろう。

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‘Strange words in my own ears,’ said Edith, ‘and foreign to the sound of my own voice! But even if I had been the wretched creature I have given him occasion to believe me, I think I could have said them still, hearing that you and he were very dear to one another. Let him, when you are dearest, ever feel that he is most forbearing in his thoughts of me — that I am most forbearing in my thoughts of him! Those are the last words I send him! Now, good bye, my life!’ (ibid, p940)

補註 But even if I had been the wretched creature (that) I have given him occasion to believe me (to be the wretched creature), I think I could have said them (=Strange words;前に引用したイーディスの発言) still, hearing that you and he were very dear to one another.

補註 forbearing 形 我慢強い 辛抱強い 寛大な

補註 ディケンズの文章を訳すのは非常に難しいのではなかろうか。易しそうな言葉使いでありながら、以外と正確に把握しづらいのである。

複雑な内容を表現するここの英語の表現は、何度も文章を目で読み返して、言葉を補ったりしてみないと判然とわかってこない。おそらくオーディオブックで聴いていて、耳で聞いてすんなり理解するのは至難ではなかろうか。あるいは逆説的だが、耳で聞いていって耳に入る順にそのもま理解していった方が、すんなりと頭に入ってくるのかもしれない。いずれにせよ、相当の英語の修練と、文学的素養の修練(この場合この場面で作中人物はこう語るのが道理で納得!と瞬時に判断できながら読み進めていること)とを、今後の課題とさせられている。

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ディケンズ ドンビー父子(5)

2017年4月21日 金曜日 曇り(晴れ間あり・気温は低く風は寒い)

ディケンズ ドンビー父子 田辺洋子訳 東京こびあん書房 2000年

Charles Dickens, Dombey and Son, Penguin Classics, 2002 (First published in 1848) 原作は1846年10月から48年4月まで月刊分冊形式で刊行され、表紙を飾った正式名は Dealing with the Firm of Dombey and Son, Wholesale, Retail, and for Exportation (卸し、小売り、貿易業「ドンビー父子商会」との取り引き手控え)

補註 二週間前にオーダーしたペンギン・クラシックス版のドンビー父子、本日到着。訳本を読みながら、原書の該当個所も参照することができるようになった。

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‘No! Who takes me, refuse that I am, and as I well deserve to be, shall take me, as this man does, with no art of mine put forth to lure him. (ibid., p432)’

補註 ここのところの英語は、私には難解である。
(1)’Who takes me, shall take me, as this man does, with no art of mine put forth to lure him.’ これだけであれば、 shall の用法ニュアンスさえ弁えていれば素直に理解できる。
(2)問題は、 refuse that I am, の部分である。refuse の品詞が何であるか? 辞書の出番である。愛用のウィズダム英和を引いてみると、
refuse (seの発音は/s/)名詞U 廃棄物、ごみ、くず [形容詞的に]廃棄物の、ごみの
という別の意味がある。これなら明解であり、
me, refuse that I am,
つまり、me と refuse が同格で並んでいるのである。
(3)これがわかれば、refuse that I am, and as I well deserve to be, も素直に理解でき、 I well deserve to be refuse と畳みかけて自己を蔑んでいるのである。
(4)このEdith(この名前はイーディスと発音する)女史の厳しい自己批判は、先に紹介した「ハードタイムズ(1854年の作品)」で、「ルイーザが大雨の夜、一人、汽車に乗ってコークタウンの実家に戻り、父のグラッドグラインド氏に会ってすぐに訴え語る言葉」をすぐに思い出させる。あるいは、「大いなる遺産(1860-61年の作品)」のヒロイン、エステラの不幸な結婚を思い出させる。ディケンズの他の作品で捜さなくても、この「ドンビー父子(1848年)」のフローレンスとポールの姉弟の母もドンビー氏と不幸な結婚をしたことであろうことが、この長い小説の冒頭で描かれている。してみれば、ディケンズは長年にわたって繰り返し、このような不幸な結婚を描き続けているのである。ディケンズのヒロインたち、ドンビー妻、イーディス、ルイーザ、エステラ、彼女たちは不幸である。不幸を隠すために硬い表情の仮面を被っているのである。
 オースティンの主人公たちが同じような社会に囲まれ同じような価値観のなかで生きていて、それなりに自己批判もできて、なおかつそれなりに幸せに伴侶を選び、家族のなかで、また社会のなかで、折り合いを付けて、それなりに幸せにやっているのと、実に好対照である。

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ディケンズ ドンビー父子(4)

2017年4月20日 木曜日 曇り

ディケンズ ドンビー父子 田辺洋子訳 東京こびあん書房 2000年

原作は1846年10月から48年4月まで月刊分冊形式で刊行され、表紙を飾った正式名は Dealing with the Firm of Dombey and Son, Wholesale, Retail, and for Exportation (卸し、小売り、貿易業「ドンビー父子商会」との取り引き手控え)

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「「希望」を頼むとするかな。うぉりーや。お互い、もう一度この世で会えるという「希望」をな。そいつをなるたけどっさり送っておくれ」「ああ、まかしとき、おじき。そいつなら嫌ってほどあるから、ケチケチなんてしないよ!」(同書、第19章、p311)

天測中の木偶の海軍士官候補生(同書、p313の挿絵)

補註 挿し絵は全て長年ディケンズの挿絵画家を務めた「フィズ」ことハブロット・ブラウン(Hablot K. Browne)による、とのこと。
 この挿絵のページを開いた途端に、ウォルター(=バルバドスに旅立つ前日)とその伯父(=独り残される老人)をフローレンスとスーザン・ニッパーが訪問する場面が予知され、思わず涙ぐんでしまった。
 「そんなバカなことがあればあるものだから(同書、p312)」・・というわけにはいかないのが私たちの現実の世界の姿ではある。それは認めるしかない。が、やはりディケンズ本の世界ではこうこなくてはいけない!

一瞬にして、ウォルターの魂からはあらゆる疑念や動揺の影がかき消えた。さながら、彼にはあの今は亡き少年(=ポール)のベッドの傍らで、彼女(=フローレンス)の無垢な訴えに応じているかのように思われた。彼(=ウォルター)がそこで目にした厳かな姿の前で、彼女(=フローレンス)の正に面影を、この追放(=ウォルターがドンビー氏に命じられてバルバドスへ派遣されること)に際して、兄(=フローレンスのお兄さん)として慈しみ守ろうと、彼女の素朴な信頼をそっくりそのまま大切にしまっておこうと、よもやその信頼をいいことに、彼女自身の胸中にないいかなる思いでも徒に吹き込むような見下げ果てたまねだけはすまいと、固く誓っているかのように。(同書、第19章、p317)

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ディケンズ ドンビー父子(2)

2017年4月19日 水曜日 雨

ディケンズ ドンビー父子 田辺洋子訳 東京こびあん書房 2000年

  今では日も長くなっていたので、ポールは黄昏時になると、フローレンスの姿を求めてこっそり窓辺へ向かった。彼女はいつも決まった時分に、弟の姿が見えるまで往ったり来たりし、この互いの姿の確認は、ポールの日常生活の一筋の陽光となった。もう一つの人影が、日没後しばしば、博士の家の前を独り歩いた。彼(=父のドンビー氏)は今や土曜に彼ら(=ポールとフローレンス)と行動を共にすることも稀だった。それが耐えられなかったのだ。(補註*)彼はむしろ人知れずやって来ては、息子(=ポール)が大人へのパスポートを手にしつつある窓から窓を(補註**)見上げる方を好んだ。待ち、見つめ、企て、望む方を。
  おお、彼(=父のドンビー氏)に見えてさえいたなら、というかせめて人並みに見えていたなら! 階上のきゃしゃな、痩せ細った少年が、夕暮れ時になると波や雲に目を凝らし、鳥がかすめ飛べば、さながら負けじとばかり舞い上がりたがってでもいるかのように、独りぼっちの鳥カゴの窓に胸を突き当てているのが。(補註***)(ディケンズ、同書、p208-209)

補註* 「それが耐えられなかったのだ」
  父のドンビー氏は今のポールやフローレンス、現実の彼や彼女を分かり寄り添おうとはせず、10年後、20年後の息子ポール(ドンビー・the son)の理想完成形を「待ち、見つめ、企て、望む」方ばかりを想い描き、しばしば、ロンドンからブライトンまではるばると足を運んでは、息子の学び舎の前の通りを歩いたのである。その来たるべき理想型からはかけ離れている現在の息子(6歳とほんの少しの幼い子)の姿ありのままを愛することができないのである。現実の息子ではなく、大人になった息子のイデアのようなものを熱烈に愛していたのであろう。強烈な利己主義と言ってもよいだろう。いわんや、「ドンビー父子とは無関係」の娘のフローレンスの現在を思いやりそのまま愛するなど考え及びもしなかった。
  ドンビー氏は稀な変人か、と問われれば、そんなことはない。このような父親は、たとえば現代の日本の父親にも稀ならず認められる。「どんな赤ちゃんでしたか」、と問うと、「まるまる太って、太りすぎで動けないで転がっていただけだった」と答えるぐらいしか我が子の幼少時の思い出を持っていない父親が、いざその子が大学受験をする頃になると往々にして、医者か裁判官になること以外は絶対に許さない、などと干渉するのである。強烈な利己主義のために、現実の我が子の姿が目に入らないのである。赤ちゃんの時から見ようとしていなかったのである。
  ところが、ここで注意しておかなければならないのは、上記のような父親であれば恐らく決して我が子の寄宿学校を週末ごとに訪ねて息子のいるはずの窓を仰ぎ見たりはしないだろう、ということである。ドンビー氏はその忙しい仕事の傍ら、週末にはロンドンからブライトンまではるばると足を運んでは、息子の学び舎の前の通りに佇んだのである。身勝手な利己的な方向で息子ポールを愛していたとしても、その愛は非常に強いものであった。息子の真の姿に寄り添わないことでは共通でも、上記に私が例に挙げた日本の父親のようにややもすると息子に対して無関心であるのと、ドンビー氏の息子への盲愛ぶりとは、大きく異なるとも言えるのである。後者ドンビー氏は多く自己愛に起因するとしても強い愛であり、前者・日本のお父さんの息子を道具として必要な折りに利用する「愛を伴わない利己主義」とは、明確に分けた方がよいかもしれぬ。往々にして周囲の人々からは同じものと捉えられてしまいがちであるにせよ。

補註** 日本語で「窓から窓を見上げる」と言われると「窓Aから窓Bを見上げる・・look up the window B from the window A 」と読んでしまいそうだが、ここでの文脈上は、「窓AやBを見上げる・・look up this windows A and that window B 」と捉えた方がわかりやすそうだ。正解は原著が届いてからの宿題としたい。

補註*** 寄宿学校で学ぶ少年の心の描写・・ディケンズ文学の独擅場である(ジョージ・オーウェルもそう云っているように)。だから、ディケンズが好きだ、という人が多い。私もその一人である。

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オーウェル 「ガリヴァー旅行記」論考

2017年4月15日 土曜日 曇り

ジョージ・オーウェル 政治対文学ーー「ガリヴァー旅行記」論考 オーウェル評論集3鯨の腹のなかで 川端康雄編 新装版 平凡社ライブラリー691 2009年

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ガリヴァーがフウイヌム国を去るいきさつには、スウィフト自身の態度がもっと微妙な形で現れている。スウィフト自身、少なくとも断続的には一種のアナキストだったし、「ガリヴァー旅行記」の第四巻は、いわばアナキスト社会を描いたものであり、そこを支配するものは、普通の意味における法律ではなく、だれもが進んで受け入れる「理性」の命令なのだ。・・・(中略)・・・ガリヴァーの主人は、服従することをやや渋り気味だが、この「勧告」(フウイヌムは、何をするにせよ、けっして強制されることなく、ただ「勧告」あるいは「忠告」されるだけだという)を無視するわけにはいかない。これはアナキストや平和主義者の社会観に含蓄された全体主義的傾向を非常によく示している。法律もなく、また理論上強制もない社会では、世論だけが行動を調停する。しかし群居性動物には順応へのものすごい衝動があるため、世論はいかなる法律体系よりも非寛容なものとなる。人間が「なんじ犯すなかれ」という戒律に支配されているかぎり、個人はある程度とっぴな言動を実行できる。もし人間が「愛」や「理性」に支配されているはずだとすれば、個人は他のすべての人とまったく同じ行動、同じ思考をするようにたえず圧力をこうむるわけだ。(補註)フウイヌムたちは、ほとんどすべての問題について、満場一致の合意をみたそうだ。討議されたことのある問題といえば、ヤフーの扱い方だけであった。ほかの問題については、意見の相違を生ずる余地がなかった。(オーウェル、同書、p271-273)

補註 もし人間が「愛」や「理性」に支配されているはずだとすれば、個人は他のすべての人とまったく同じ行動、同じ思考をするようにたえず圧力をこうむる: オーウェルの論考の進め方にある程度納得するとはいえ、私はこの流れに合意することはできない。「愛」や「理性」に支配されていて、なおかつ「自由」が羽ばたく活き活きとした世界が理想として想い描かれるからである。「百の天才が並び立つ」そのようなのびのびした人間の世界である。

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