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久馬一剛 土とは何だろうか?

2017年10月18日 水曜日 晴れ

久馬一剛 土とは何だろうか? 京都大学学術出版会 2005年

母岩・母材・A層・C層:
有機物を含んだ表土層のことをA層と呼び、もとの岩石(これを母岩という)が細かく砕けて土壌の材料となったもの(これを母材という)の層をC層と呼んでいる。(久馬、同書、p31)

B層:
より成熟した土壌はA層とC層の間に、母材が風化して化学的にも変質した、多少とも粘土質で、強い褐色や赤みがかった色を示すB層を持っているのが普通である。(同、p31)(補註#)

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土壌生成の時間:
 若月は海水中のナトリウムやカリ、マグネシウムなども、土壌中のそれらの元素とともに、もともと陸上の岩石の風化によって供給されたものであることに基づき・・・・・(中略)・・・陸地の1haあたり1年間の土壌生成の速度は570kgと求まる。(同、p32)

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粘土鉱物の構造と種類
明瞭な結晶構造をもつ粘土鉱物の場合、その構成の基本単位は共通であって、・・ケイ素四面体層と、アルミニウム八面体層の二つである。(久馬、同書、p66)

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補註# この説明の中に、土壌がその場で作られる場合に加えて、風や事件(崖崩れなど)によって他所から運ばれてくる場合の説明が無いため、理解が難しくなっている。本書では、昔にA層であった土が、その上層に他所から運ばれてきた土が積み重なり時間が経って次第に変化して、B層(昔はA層だった)になっていくような土壌生成の仕組みが、語られていないように思われる。 
 また、(厚い)C層を載せていて風や水の影響の少ない「母岩の最上層部」が長年の間に「風化」して土になって次第にC層に合流するという概念が非常に理解しづらい。やはり母岩は露出して風雨に曝されるか、たとえABC層の下にあっても、せめてかなり浅いところにあって夏冬の温度変化に曝されたり水がやって来るのでなければ、母岩が「風化」することは考えにくい。すなわち、ある程度厚い表土に覆われて地中深く埋もれた「母岩」が「風化」して礫になり、そしてさらに土になることはかなり考えにくい。長いタイムスパンで考えれば、実際にこのメカニズムもあるのは間違いない。しかし、露出したり表層近くにある母岩の風化に比較したならば、土の形成に及ぼす役割としては中心的な機序を果たすことはないと感じられる。

 そもそも、どこまでの土や礫のことを「表土」と呼ぶのか、その定義が与えられていない。これは、現場での話し合いを紛糾させる要因になっている。a)母岩の上に載っている礫・砂・粘土をひっくるめて表土と呼ぶ場合と、b)黒ぼく土など、A層(表層土A)のみを表土と呼ぶ場合があるようだ。この場合にはB層以下は「心土」(補註:下層土とも呼ばれている。たとえば本書、p103)と呼ばれる。

 先日(9月末)に通読した「日本の土」は、他所から運ばれてくる母材が主体となって上に上に積み重なる機序で土が形成されることを教えてくれた。この本は非常に多くの基本的な考え方を丁寧に教えてくれ、まさに目から鱗が落ちる勉強になった。近日中にも再読深読みするつもりである。HH2017年10月18日追記(同10月20日・文章の小訂正HH)。

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石油はどこから来たのか

2017年10月13日 金曜日 晴れ

大河内直彦 「地球のからくり」に挑む 新潮新書 2012年

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赤潮「シアノバクテリア」の謎
 海を汚す人類もおらず、栄養に乏しい大海原で、どうして大規模な赤潮が起きるのだろう?
 その答えは「シアノバクテリア」という生き物の中に隠されている。シアノバクテリアは、「窒素固定」と呼ばれる特殊な能力を持っている。大気や海水中に溶けている窒素ガスを体内に取り込んで、アンモニアやアミノ酸などに換えることができるのだ。つまり、ハーバー・ボッシュ法とまったく同じことを、わずか一つの細胞しかもたないこの小さな生き物が、いとも簡単にやり遂げてしまうのである。
 特大の規模をもつ赤潮によって海は広範囲にわたって酸欠状態になり、海底には大量のヘドロが溜まった。そして一部のヘドロが、現在までの一億年の間に地熱で熟成され、石油へと変質したのである。
・・・(中略)・・・
 では、なぜ地球史の特定の時期に、シアノバクテリアが大繁殖したのだろうか? (大河内、同書、p143-144)

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・・一億年前に起きた巨大な火山活動は、地球が形成されてから長らく地球深部に秘められていた大量の炭素を、二酸化炭素として大気や海洋中に一気に吐きだしたのである。
 マントル・プルームのおかげで、一億年前の大気中の二酸化炭素濃度は2000ppm(0.2%)にも達していた。現在の大気中の二酸化炭素濃度が400ppmほどだから、その五倍にもなる。・・・(中略)・・・ところがシアノバクテリアにとっては、このことが福音だった。期せずして競争相手が居なくなり、海は彼らの独擅場となった。
・・・(中略)・・・
 現代文明を支えてきた石油は、シアノバクテリアという目にも見えない小さな生き物たちを起源としている。現代人は、太古の昔にシアノバクテリアが数百万年にわたって大繁殖し、せっせと貯め続けた太陽エネルギーの恩恵にあずかって暮らしている。そして、その小さな生き物を形作る炭素は、地球という星の内部に長らく閉じ込められていた宇宙のかけらだった。ゴールドの主張(補註:西側諸国でほぼ唯一の石油無機成因論者と言われたトーマス・ゴールド)には、一抹の真理が隠されていたのである。(同書、p147-148)

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大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち

2017年9月29日 金曜日 曇り一時雨

藤井一至(ふじいかずみち) 大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち ヤマケイ新書 2015年

「実際に2億年前のジュラ紀に多かったのは、ブラキオサウルスなど、低酸素環境に適応した、より大型の恐竜たちである(火山活動などにより、大気中の酸素濃度は上下し、3億年前には35%だっと酸素濃度は10パーセントまで低下していた)。(藤井、同書、p57)」

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「森は海を育てる」という言葉は有名だが、一説では、溶存有機物に結合した鉄(フルボ酸鉄)が山から運ばれ、海の生きものたちを育むと考えられている。「森は海の恋人」であるなら、溶存有機物は森からのラブレターといえるかもしれない。(藤井、同書、p123)

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ペルム紀末の大絶滅

2016年11月11日 金曜日 晴れ

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技術評論社の「古生物ミステリーシリーズ」第5巻から第8巻

5 土屋健・著 群馬県自然史博物館・監修 三畳紀の生物 技術評論社 2015年

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ペルム紀末の大絶滅
この事件で、海棲動物種の約96%、陸上動物種の約69%が姿を消したといわれる。
・三葉虫はこの絶滅事件をもって完全に姿を消した。
・ウミユリ類(棘皮動物の1グループ)も、ごくわずかな種を残して姿を消した。
・腕足動物も激減した。中生代以降の海では完全に脇役となった。
・アンモナイト類もその数を大きく減じた。
ほかにも、さまざまなグループがこの絶滅事件で大打撃を被った。
・海棲脊椎動物 
   古生代の海の歴史でいち早く「顎」をもって繁栄した棘魚類(鰭の縁にトゲをもつ魚たち)が姿を消した。
・陸上種
   当時繁栄しつつあった昆虫類の約65%が二度と姿を見せなくなった。
   単弓類が大打撃を受けた。

(土屋、三畳紀の生物、p8-10より抄)

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中生代の生物

2016年11月11日 金曜日 晴れ 

久しぶりに暖かく、良い天気。絶好の剪定日和・・こんな日に畑仕事ができないのは残念であるが、今日は郷里の岡山に出かける予定である。こんな快晴の日に無事に飛行機に乗れるのを良しとしよう。ただし、飛行機が飛び立つのは日が暮れてからである。

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技術評論社の「古生物ミステリーシリーズ」第5巻から第8巻

5 土屋健・著 群馬県自然史博物館・監修 三畳紀の生物 技術評論社 2015年

6 土屋健・著 群馬県自然史博物館・監修 ジュラ紀の生物 技術評論社 2015年

7 同 白亜紀の生物 上巻 技術評論社 2015年

8 同 白亜紀の生物 下巻 技術評論社 2015年

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2016年11月22日 雪
昨夜、5巻の三畳紀、読了。今日からジュラ紀に入る。

カストロカウダ 
 半水棲の生態や、体の大きさ、食性などは、いずれも2000年代前半までの「恐竜時代の哺乳類」のイメージを大きく覆すものだった。ネズミのように弱々しいものだけが、恐竜時代の哺乳類のすべてではなかったのである。(土屋、ジュラ紀の生物、p76)

ヴォラティコテリウム
 カストロカウダと同じように、ヴォラティコテリウムもまた、恐竜時代における哺乳類の生態の豊かさを物語る好例である。ただし、カストロカウダと同じように、現生の哺乳類と系統的につながるわけではない。(土屋、ジュラ紀の生物、p79)

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最古の真獣類: ジュラマイア・シネンシス「中国のジュラ紀の母」(約1億6000万年前)

真獣類(有胎盤類と同義)

現生哺乳類においては、真獣類以外のグループとして、
カンガルーなどの有袋類(後獣類)とカモノハシなどの単孔類がいる。(土屋、ジュラ紀の生物、p79)

羅たちは、前足の指の特徴から、ジュラマイアは樹上性だったとしている。これは、当時の哺乳類としては少数派の特徴である。いち早く樹上生活に適応したことこそが、真獣類の未来を切り拓くことになったのではないか、と羅たちは指摘する。以後、数千万年にわたって、真獣類は樹上生活を送りながら粛々と代を重ねていった、というわけである。(土屋、ジュラ紀の生物、p80)

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2016年11月28日 月曜日 雪

植物食恐竜(草食恐竜とは言わない)
なぜ、「草食」ということばを使っていないのか?  それは、ここまでの生命史において、いわゆる「草」が登場していないとみられているからだ。私たちが「草」とよび、「草原」と書く場合、その主要構成員はイネ科の植物である。そして、イネ科の植物が台頭・隆盛を始めるのは、新生代に入ってからなのだ。すなわち、中生代までにおいて、私たちが想像し、現在のウシやウマの仲間たちが食んでいるような草原は形成されていないのである。(土屋、白亜紀の生物・下巻、p148)

草食恐竜がいた
2005年、インドの中部のピスドラに分布する白亜紀後期の地層から、竜脚類が残したものとみられる糞化石(コプロライト)が発見された。・・イネ科のものとみられるプラント・オパールが確認されたのだ。・・・(中略)・・・ つまり、このコプロライトの主は、「草」を食べていたのである。これは「草食恐竜がいた」ということと同時に、「イネ科が白亜紀にもあった」という大きな証拠となった。(土屋、白亜紀の生物・下巻、p149)

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