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変わる<家族の形>と先祖供養

2017年11月5日 日曜日 曇りのち晴れ

葬送のかたち 死者供養のあり方と先祖を考える シリーズ 宗教で解く「現代」vol.3 佼成出版社 平成19年

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「自宅告別式」が増加した昭和初期を境に、本当に夜を徹して行われる「丸通夜」も行われなくなり、通夜法要のみに多くの人が参加するようになる。葬儀の中心が通夜や葬列から告別式へと移ったことは、葬儀全体の意味づけが、共同体からの送り出し儀礼から弔問儀礼へと変化したことを意味している。それにより葬儀はもっぱら喪家の行事として意識されて、近隣親戚の関与は少なくなった。(村上興匡 葬儀の変遷と先祖供養、同書、p39)

補註:著者の名前の漢字: ネット情報によると「匡 まさ/ただす/キョウ 正しく直すの意味
人名にも使われます「○匡(まさ)」など。」とのこと。

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2017年11月6日 月曜日 晴れ

これからの核家族の新しい仏壇は、納める位牌として、夫妻それぞれの実家の「先祖代々一切の精霊」の位牌を並べて立てることである。従来は、まさに「嫁入り」として、夫の家の位牌ばかり立ててきたが、核家族が一般化した今日、そのようなありかたを改めるべきで、宗教者もそう勧めることである。(加地伸行、変わる<家族の形>と先祖供養と、同書、p198)

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鐸木能光 阿武隈梁山泊外伝

2017年11月3日 金曜日 晴れのち曇り、夜は雨

鐸木能光 阿武隈梁山泊外伝 Tanupack. Kindle 版 2016年

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「フクシマ」 は 社会 システム の 欠陥、 人 の 心 に 巣くう 不 正義 と 弱 さが 引き起こし た 問題 なの だ が、 問題 の 本質 は 時間 と共に どんどん はぐらかさ れ、 隠さ れ て いる。  

極めて 単純 に 言え ば「 税金 の 使い方 が 間違っ て いる」 という 問題 なの だ。

たくき よしみつ. 阿武隈梁山泊外伝: 全村避難の村に起きたこと (Tanupack) (Kindle の位置No.2700-2703). Tanupack. Kindle 版.

火力発電 の 比率 が 増える と 燃料 代 が かさん で 電気 料金 を 上げ なけれ ば なら ない、 と 電力 会社 は 言う が、 これ は 単に、 火力発電 の 燃料 代 には 国 が 税金 を 投入 し て 援助 し て くれ ない、 という こと に すぎ ない。 原発 と「 自然 エネルギー」( 太陽光 や 風力発電) には 莫大 な 税金 が 投入 さ れ て いる。 それ は 発電 コスト に 含ま れ て い ない。 この こと を 無視 し て エネルギー 問題 議論 を し て いる「 識者」 が 多 すぎる。

たくき よしみつ. 阿武隈梁山泊外伝: 全村避難の村に起きたこと (Tanupack) (Kindle の位置No.864-867). Tanupack. Kindle 版.

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シカの数を抑制する力を失ってしまった過疎化農山村

2017年8月26日 土曜日 晴れ

高槻政紀 シカ問題を考える バランスを崩した自然の行方 ヤマケイ新書 2015年

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シカ増加の背景

一九七〇年代から大きく変容した日本の農山村:
この変容は徐々にではなく、かなり不連続に変化し、伝統的農業形態をまったく異質なものに変えたといってよいほどのものであった。そして「限界集落」という言葉が生まれ、コミュニティーとしては成り立たない様相を呈するまでになってしまった。
 このことは当然、シカと農山村社会との力関係を変えた。ある閾値を超えた段階で、シカの増加ポテンシャルを抑制できなくなってしまったように思われる。そのことは農業人口の減少に伴うハンター人口の減少に代表されるが、実際にはシカにとっての生息地の変化のほうが大きな影響力を持ったと思う。・・結果としてシカが里山に引きつけられることになった。過疎化した農山村はそのシカの数を抑制する力を失ってしまった。およそ、こうしたことがーー場所により時間や程度の差こそあれーーこの二〇年ほどで進行したといえる。(高槻、同書、p173)

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・・農山村での人口減少と高齢化はシカを農地に接近しやすくし、密猟を含む狩猟圧が著しく弱くなった。明治時代の乱獲によって減少し、山地帯でひっそりと生き延びてきたシカは徐々に回復しはじめた。これが一九八〇年代であった。この頃、ハンター数が減り始めた。
 ここから先は私の推察になる。シカ集団のサイズと、ハンターが頭数を抑制できる機動力とが、どこかの時点でバランスを崩し、シカの増加が抑制できなくなったと思われる。それがおよそ一九九〇年代だった可能性が大きい。こうして山地帯でシカはタガがはずれたように増加するようになった。
 このとき、山地によっては人工林が広い面積を占めていた。人工林は食料が少ないから、一部のシカは低地の里山に侵入するようになった。里山では農地の除草(雑草の除去)(補註##参照)、雑木林の柴刈りが行われなくなったので、シカが接近しやすくなっていた。このことが「奥低里高」を生じさせたと思われる。(高槻、同書、p196-7)

補註## 農地の除草(雑草の除去)をむやみにやればかえってシカのエサを増やしてしまうことになる・・などなど詳細(ただし、実地の実践では重要)な注意点に関しては、昨日紹介した井上さんの本を参照下さい。

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 では都市生活者は本当に野生動物のことを理解し、被害の実態を知り、本気で問題解決を考え、実行してくれるだろうか。ましてや、自然植生が変化しているから問題だとして、何かの動きをとってくれるだろうか。とてもそうは思えない。都市生活者は自然から離れた生活をしている。何事もそうだが、身近でなければ実態が把握できない。シカによる農業問題も、自然植生や生態系への影響も、実感としてはまるで感じられず、ひとごとである。このままでは問題はさらに深刻になる可能性がある。
 今や都市住民が多数派になったことを考えれば、重大なのは都市住民がシカ問題に象徴される農山村における野生動物問題に関心をもつようになることだろう。つまり、かつて野生動物の問題は農山村が取り組んでいたが、今や社会全体が考えなければいけない問題になっているということである。(高槻、同書、p200-201)

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家族主義的家族 vs 利己主義者集団の家族

2017年8月8日 火曜日 晴れ

加地伸行 沈黙の宗教ーー儒教 ちくまライブラリー99 1994年

 利己主義には大いなる道理に基づいての自律もなければ、自立もない。在るものは自己の利益の追求だけであり、利益に依存する受身的なものである。真の自立した個人主義者であるならば、己れの論理に忠実に従い、時には尊い生命を捧げることもあり得る。そういうりっぱな方が確かにいる。しかし利己主義は、どんなことがあっても絶対に自己の生命は差し出さない。
 日本の教育は、権利とともに義務をも重視する個人主義者を養成していない。小学校以来、義務はいやで権利ばかりを利益的に求める利己主義者を養成しているだけである。その結果、家族主義的家族を否定して個人主義的家族を作ろうなどという目論見はみごとに外れて、利己主義者の集団のような家族が急速に増えつつある。それは戦後日本の教育の無惨な失敗を示している。
・・・(中略)・・・
 ところが家族主義を否定し、しかし個人主義は身につけず、利己主義者として育ち生きる人々の大群を前にするとき、現在のみならず今後も含めて、老人は悲惨である。それが、個人主義的現憲法がもたらす<国民の幸福>なるものの実態である。(加地、同書、p261-262)

 その個人主義もキリスト教と結びついている間は、すなわち唯一絶対神と個人との関係が確かな間はそれなりに機能する。しかし、欧米では、キリスト教信仰を失った人々が増加しているというではないか。そういう人々は、個人主義と言っても、キリスト教徒という帰属感を持っていないのであるから、その個人主義はいずれ遠からず利己主義に転じてゆくことであろう。その極致は、自分を支えてくれるものとして金銭・財産に最高の価値を置く拝金主義である。(加地、同書、p263)

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ダーチャですごす緑の週末: “ダーチャの心”で暮らしを見直そう

2016年12月24日 土曜日 快晴

豊田菜穂子 ダーチャですごす緑の週末 ロシアに学ぶ農ある暮らし WAVE出版 2013年(2005年発行の「ロシアに学ぶ週末術〜ダーチャのある暮らし」を新装・改訂したもの、とのこと)

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“ダーチャの心”で暮らしを見直そう
ロシアのダーチャの存在意義、それは、野菜づくりにとどまらず、モノを自分でつくりあげるという基礎生活力を養う場であることだ。・・・土地の確保にこだわると、ダーチャへの道は果てしなく遠く思えてしまう。タダ同然で土地を与えられたロシアと、土地が狭くてバカ高い日本とは、そもそも土俵が違いすぎる。・・・私たちがダーチャ暮らしに魅力を感じるのは、郊外に土地をもつ、という所有欲をそそられるからではなく、自然や土と親しみ、野菜やモノをつくり、自分の潜在能力を試してみる、という行為に惹かれるからではないだろうか。・・・そう思って、とりあえずベランダで本腰を入れて野菜づくりを始めてみた。・・・もちろん、里山に土地を得て、本格的なダーチャを築くことも夢ではないが、肝心なのは”ダーチャの心”。日本でも数十年前まで当たり前のようにしてきた「生きるための基本的努力」を、暮らしのなかでほんの少しでも意識をもって、そして楽しく試みたいと思うのだ。(豊田、同書、p176-179より抜粋)

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文明の利器とダーチャの共存
驚いたのは、何軒かのダーチャで取り入れていたコンポストトイレ。「ダーチャで最も近代的な設備」とアレクサンドルさんは言っていたが、思いのほか使い勝手がよく、匂いもしなくて衛生的だ。いわゆる”ぽっとんトイレ”も健在ではあるが、衛生面、環境面からみて、今後はコンポストトイレが普及していくのかもしれない。(豊田、同書、p111)

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今日は劇場、明日は菜園
雪に閉ざされる冬は、ロシアの演劇シーズン。冬は劇場に通って、夏はダーチャ。夏だってダーチャに行かない日は、映画やコンサートに出かけるもよし、ダーチャでも晴れた日は畑を耕し、雨の日は本を読む。都市文化と大地に根ざした生活の間を自在に行き来してしまうロシア人は、いってみれば「知的な農民」だ。(豊田、同書、p142)

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「そもそもダーチャが普及するようになったのは、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下がきっかけです。・・核の脅威にさらされた冷戦時代が始まり、政府は万が一、モスクワなど都市部に原爆が落とされた場合を想定し、爆心地から100キロ以上離れたところに非難すれば安全だろうと判断しました。こうして1950年代、郊外への道路が建設され、ダーチャが急速に発展したのです。」・・ダーチャの一区画が600平方メートルと定められたのも、それだけあればひと家族が生きていけるだけの食料を調達できる、との計算に基づくものだったという。ダーチャ普及の要因は、これまで諸説聞いてきたが、放射能から逃れるための避難場所としての側面もあったとは・・。ヒロシマ・ナガサキ、そして今、フクシマを経験した日本人としては、複雑な思いに駆られる。(豊田、同書、p172-173)

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