快楽という名の連絡船

 

そして船は行く(1): 快楽という名の連絡船

 

2010年3月24日

 

異国の街で見つけたにぎやかな装いのお船たち。明るい南の国の連絡船が互いに挨拶をかわす。むっつりして灰色の軍艦風なんてのは一隻もいない。

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あちらにやってきたのは、快楽という名の連絡船。

カニにハタ(石斑魚)にホタテにツブ、青いヒトデのお星さまを見つめて一休みした後はヒラメ、美味しいよ。豊かな海の幸。

さて、快楽だけでは不健康かも?とお感じのみなさまは、どうぞ手前のお船をご覧ください。こちらのお船は、健康・活力・快楽号。幸せのてんこ盛り。子供たちが踊って歌えば、蒔いた種が次々芽を吹き双葉が並ぶ。いかにも楽しい船の旅。

向こうの岸にはほんの10分で着きます。街の中では一番古い小さな町並みをぶらりと散歩して、はずれの灯台に登って帰ってきて、さて、帰りの連絡船は幸福号に当たればいいなと思います。

 

  • 2010-03-24付けWEB記事より再掲

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チューリップの芽

<以下、2001年3月23日付けWEBサイトより再掲>

雪解けの路地にチューリップの芽

札幌の朝。わずかの小雪が窓の外に。

あわただしい朝の通勤の道で、車窓の外に見つけました。雪が解けたナナカマド並木の根元に去年の11月に植えたチューリップの芽が一斉に顔をのぞかしています。日に当たっていないせいか、みんな黄色がかった白い芽で、ひょろながの5cmぐらいでしょうか。今までは1メートルを超える深い雪が守ってきたのでしょうけど、今日明日には垣根をしてやらないと、すぐに踏みつぶされてしまうでしょう。

北国の春は本州に比べてとてもおそくやってきます。そしてあわただしいような、それでいてぐずついているような不思議な春の進み方が見られます。北国生まれの方にはごく当たり前の季節の移り変わりが、暖かい地方からやってきた私たちにはとても新鮮で不思議な発見になります。

これからは、毎日のように次々と新しいページが開かれてゆきます。今年の春は、札幌の街中に咲くいくつかの花の名前をご紹介したいと思います。「名もない花」などないのですが、忙しすぎて尋ねる余裕がないのです。この春は少しだけゆとりを持って花の名前を聞いてみます。

<以上、2001年3月23日付けWEBサイトより再掲>

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卒業に寄せて

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2010年3月19日

(一部略)

遠い目標点だったが、目線をそこに向けるしかない。結果として最善のことが起こるという仮定の下に日々生きていくしかなかった。

そして今日がその卒業式だ。家族そろって今日の日を迎えることができた。

誰でも卒業できるはずの中学の卒業式。この学校・この学年の子たちには、幸いなことに、卒業できなくて逝った子はいなかったのだ。が、この地球の子供たちの中には、この15歳の春を迎えられなかった子たちも確かに多くいる。

この日を境に危険がなくなるわけでもなく、私たちから心配や不安は決して消えてしまうわけではないのだけれど、今日は一つのマイルストーンに辿り着いたのだから、私たち夫婦にとっても、きっと一つの卒業式。

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以上、2010年3月19日付けWEB記事より引用

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アイアムアナナカイスト

以下は2010-03-18付けのWEBページより再掲

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セックスピストールズに関して多くの疑問がある。たとえば以下のような疑問に簡単に答えることができるだろうか。

1.シドの突然の死の死因の真相。

2.セックスピストールズのアメリカツアーでは、なぜ、あれほどまでに米国人に受け入れられなかったのか。なぜ、ハンバーガーを投げつけられたり、ギターでぶん殴る応戦などを強いられる現実に至ったのか。

考察: アメリカでも常識的な線は他国と同じだろう。すなわち、熱烈なファンでもなければ異国イギリスのロックグループのコンサートなんかに好きこのんで出かけないだろう。愛することができなければ通り過ぎよ、と昔の人も説いている。普通は、観衆はファンで構成されると考えるのが常識だ。アンチ・セックスピストールズのアンチ・ファンが、わざわざコンサートに集まるだろうか。たとえチケットが破格の1ドルであったとしても、ハンバーガーを投げるためにコンサートのチケットを買う馬鹿がいるだろうか。とすれば、恐らく、アンチ・セックスピストールズの猛烈なプロパガンダが吹き荒れたことが想定される。アンチ・ファンたちはことさらに動員されたとしか考えられない。この70年代のアメリカにおいて、その心は何であったのか。イーグルスがハンバーガー攻勢にさらされるとは恐らく考えられないので、この米国での猛烈な反感は、セックスピストールズに特異的な現象であろう。そのメカニズムは何だろうか。それは今でもアメリカで生きているのだろうか。

3.パンクロックの旗手としてのセックスピストールズが、早い時期にグループ解散に至った所以は?

4.BBC版のビデオでは、ジョニーがアイアムアナナカイストの次のフレーズを考えていて、純粋に韻の面白さで、アイアムアナンチクライスト、を思いついた、と述べていたが、本当だろうか。アナンチクライストとはそもそも何ぞや。彼は、アナンチクライストに関してどこまで深く考え、歌に思いを込めたのだろうか? イギリスの若者たちはこの言葉をどのように受けとめたのであろうか。

5.私がセックスピストールズの存在を知ったのは21世紀の初頭。彼らが活躍していたのは1970年代の1-2年。この情報伝達の30年間のギャップはどうして生起したのか? 私はその30年間、いったい何をしていたのだろうか。洞窟に籠もって外界からの刺激を遮断していたとでもいうのだろうか。セックスピストールズを聴いたりしないように、地下牢にでも閉じこめられていたとでも言うのだろうか。私の過去30年間の歴史をひもとき、どうしてセックスピストールズと出会うのがここまで遅れたかを解明し反省しなければならない。今、たとえば第二(再来)のセックスピストールズがオンエアされたとき、誰よりも敏感にキャッチすることを可能にしておくためにも。

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6.私がもしも1970年代、リアルタイムでセックスピストールズを聴いていたら、今のような熱烈ファンになったのだろうか? そしてその30数年後、今とは全く別の自分が2010年の自分になっていただろうか。それとも今と大同小異だろうか。

7.セックスピストールズのCDは自動車の運転中には聴かない方がよいのだろうか。有意に交通事故を起こしやすいのだろうか?
解説: 以前に友人の運転するクルマで、私は助手席に座って、セックスピストールズのCDを聴いていたら、やめてくれと言われた。そこで、ジミヘンドリックスに替えたら、キャーとなられてしまった。結局、デイヴィッドボウイにさしかえて我慢してもらった。運転に良いロックと運転に悪いロックとがあるのだろうか。

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以上、2010-03-18付けのWEBページより再掲

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アンシャンレジーム、ノーフューチャー

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以下は、2010-03-17付けのWEBページより再掲

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2006年3月17日付けの記事を書いた日から4年。この間、さまざまな出来事があったので、この文章を書いた頃が遠く感じられる。私のWEB記事も脂ののりかけていた頃であったが、2007年以来ほぼ3年間は何もアップしないで沈黙していたので、長い間、この2006年3月17日付けの記事、すなわち寅吉先生を慕う文章が私の白鳥の歌となっていた。それだけにこの文章は私の心の中で何度も反復されて記憶に積み上がっていった。

次回はセックスピストールズについて書く予定、と書いたが、これは未だに果たせていない。ここ数年はロックの世界を探勝するゆとりもなく、心慰む合唱曲やピアノ曲を時折聴いてきたぐらい。考えてみれば、ベートーベンの弦楽四重奏などでさえゆっくりと聴く機会がなかったように思う。いわんやセックスピストールズをや、といったところ。ところが、セックスピストールズを耳にするのは、意外としょっちゅう。駅ビルのスポーツクラブのスタジオプログラムで大音響でなっているのが地下鉄ホームに続く地下街にも伝わってきたりする。裏寂れた北国の路地を歩いていると、どこからともなく、アンシャンレジーム、アンシャンレジーム、と聞こえてくることもある。そうなると私の頭の中から、ノーフューチャー、ノーフューチャー、ユーケー(UK)、と鳴っているような空耳のような音も聞こえてくる。そうなると、どこまで歩いてもノーフューチャー、ノーフューチャー、インユー(You)、と繰り返しが聞こえてくる、気もする。普通なら端正に演奏されているのがレコードから聞こえてくる音楽で、リズムと音程がめちゃ怪しいのが頭の中から紡ぎ出されてくる楽曲のはずであるが、セックスピストールズに関しては区別が曖昧である。CDはいくつかのバージョンが発売されているものの、ほとんどが同じソースからの焼き直しのようで、どれも同じ音である。だから頭の中でもほぼ忠実に同じリフレイン。これがいい。

2004年、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館を訪れたときは、何と、パンク、ということでセックスピストールズ・グッズを大々的に販売していた。セックスピストールズ安全ピンでさえ商売にしてしまうジョンブル魂には脱帽。とてもとても、ノーフューチャー、ユーケーなんて思えないもんね。セックスピストールズにも救われ延命するUK。

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私も安全ピンを買うべきだったかも知れないが、自重した。賢かったと思う。このときの出国の際のヒースロー空港・安全検査所で、私は大切にしていたチタンの携帯用フォークを没収された。恐らく特製安全ピンを所持していれば、これも没収されたであろう。税関にまわされたピンは英国政府の手に落ち、博物館に転売され、プレミアムが付加されて、再びヴィクトリア&アルバートで売られていただろう。リサイクルならぬリユースで、賢いことではあるが、セックスピストールズたちの精神からは遠い、と思う。ファンの一人としては、このユーケーの謀略に与することはできなかったのである。

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以上、2010-03-17付けのWEBページより再掲

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