ウクライナ危機 続報紹介

 

2014年3月24日 月曜日

前回、私、ウクライナ政変に関するWEB記事を書き、さらに田中 宇(たなか・さかい)さんの記事やロシアの声などの情報ソースに関して紹介させていただきました。ずいぶん詳細な分析を田中さんが続けて書かれていらっしゃいますので、続報として以下にご紹介いたします。取っかかりとしても役立つかと思いますので、どうぞお読みいただけますよう。

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田中 宇(たなか・さかい)http://tanakanews.com/  田中宇の国際ニュース解説  世界はどう動いているか

露クリミア併合の意味【2014年3月20日】  http://tanakanews.com/140320russia.htm

◆ウクライナから米金融界の危機へ【2014年3月17日】 http://tanakanews.com/140317dollar.php

◆米露相互制裁の行方【2014年3月15日】 http://tanakanews.com/140315russia.php

◆ウクライナ危機は日英イスラエルの転機【2014年3月11日】  http://tanakanews.com/140311russia.php

プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動【2014年3月9日】 http://tanakanews.com/140309russia.htm

◆危うい米国のウクライナ地政学火遊び【2014年3月5日】  http://tanakanews.com/140305ukraine.php

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チューリップの芽 続報

 

2014年3月24日 月曜日

 

雪解けの進む路地にチューリップの芽 続報

団地の庭の雪解けもどんどん進み、昨日はじめて角のところに地面が見え始めた。

今朝は銀行振込の所用があり、札幌の大通まででかけた。冬場通常は地下歩道空間を歩いてシティ銀行のビルまでたどり着けるため、めったに地上を歩かない。が、今日はいつもと違って三菱東京UFJ銀行で振込をしようということで、地下鉄の改札を出て地下をしばらく北上して、この辺かなというところで地上にでてみれば、ずいぶん北に行きすぎていた。信号がない地下歩道の距離感が、通常の大通り周辺の地上歩行距離感覚とずいぶん隔たっているのに驚いた。地上の歩道をぐるっと回る。歩道脇の植え込み花壇の土の上はすっかり雪が解けていて、チューリップの芽が並んで現れているのに気づいた。

歩道を並んで歩く女の子たちが、「今日は10度にもなるんだって」と話しているのが耳に入ってきた。暖かくなったのだ。私は薄手のダウンのジャケットを羽織ってでかけた。けれど、少しだけ外を歩くぐらいなら、ジャケットは必要なかった。三菱からはじめて住友そしてシティと銀行3つをまわって歩く。銀行のドアをくぐってカウンターに到達する前に暑くて上着を脱ぎたくなる。カウンターバンクの前でジャケットを脱いで足元に置く。

 

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夕方、コンピュータを久しぶりに開けてみると、2001年3月23日付けWEB記事「雪解けの路地にチューリップの芽」が出ていた。すっかり忘れてしまっていたけれど、13年前のほとんど同じ日付で、同じようにチューリップの芽を見つけている過去の私、それと今の私とが二重写しになっているようなWEBになっている。

2001年の記事には「これからは、毎日のように次々と新しいページが開かれてゆきます。今年の春は、札幌の街中に咲くいくつかの花の名前をご紹介したいと思います。名もない花などないのですが、忙しすぎて尋ねる余裕がないのです。この春は少しだけゆとりを持って花の名前を聞いてみます」と書かれている。2001年の私だから、円山動物園のシロクマたちと同じ町内、宮ヶ丘に住んでいた頃だ。

2014年の私、今はやっぱり札幌に住んでいるけれど、大谷地だから札幌でも西の外れだ。気候はもちろん宮ヶ丘と変わらないけれど、面白いことに中央区と厚別区で天気はずいぶん違う。大谷地から中央区のリアルスィング・ジムに通っているのでそれがわかるのだ。たとえば、冬、環状通を平岸から中之島辺りを過ぎると今までの大雪がぴたっと降り止んで陽射しが射すことが多かった。逆に雪の中を帰っていてやっぱり中之島から平岸辺りで雪がぴたっと降り止むことも多く経験した。今思うと、国道453号線辺りつまり平岸中之島通り界隈局所的に雪雲の谷ができやすい地形になっているからかもしれない。素人考えなので、間違っている可能性大だけれど。

天気のことはさておき、これからの私は、気候も札幌とは違う新しい町に移り住もうとしている。空知の豪雪地帯だから札幌より少し雪解けが遅いかもしれない。チューリップの顔見せを目撃するのは3月あるいは4月の何日のことになるのだろうか。

 

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今週末はL氏の引越のお手伝いで東京に出かける予定。暖かければ東京のサクラが見られるかもしれない。

 

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台湾・高雄訪問

 

2010年3月23日付けメールより引用(一部改変)

A先生 今朝から通常勤務に戻りました。台湾行きの前後をはさんで2週間近くも大学を留守にしておりました。そのためご挨拶が遅くなってしまい申し訳ございません。

今回の台湾・高雄訪問、大変楽しい思い出になりました。本当にありがとうございました。

講演と講義で3時間も英語でしゃべり通しということで、どうなることかと心配でしたが、終わってしまえばまあ何とか生き延びておりました。英語が錆び付いているのは、恥ずかしながらどうにも光が取り戻せず、大変お恥ずかしい限りでした。日本語も流暢とはいいがたいので、英語もあの程度がやっとなのかもしれません。

学長のY先生や、K先生、K先生の奥様、Y先生、Maggieさん、A先生のフロアの皆さん、そしてなかんずく、A先生には、大変お世話になりました。ありがとうございました。どうぞ皆様にもよろしくお伝え願います。

以下は、いささか印象記風行動日程表のような記載になってしまいましたが、本日、大学に提出するためにまとめた海外出張報告書の原稿の一部です。また、K先生たちと撮った写真を添付いたします。(また、明日、別便の郵送にて、航空券の半券をお送りいたします。)

A先生には、ますますのご発展をお祈り申し上げております。また、お身体にはくれぐれもご注意ください。

どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

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平成22年 3月14日、札幌を発って、台北で乗り継ぎ、高雄へ。深夜24:00頃高雄のホテルに到着。

翌3月15日、朝8時50分に、台湾・高雄市の高雄医学大学(以下KMUと略す)医学部のA教授を訪問。9時30分より同大学の学長Y先生を学長室に訪問し、情報交換。10時より、同大学の招待セミナー(1時間半)で講演。演題は以下の通り、私の最新の研究成果を報告した。

1. Antibody-targeted selective gene delivery through FZ33 fiber-modified adenoviral vectors.

2. Immunotoxin Project: Development of therapeutic Ab by screening super-excellent antibodies for immunotoxins.

内容は別紙、参考資料のパワーポイント配付資料の通り。セミナーの参加者は、医学部の教授を中心に、研究スタッフや大学院生など約50人。多くの質問を受け、活発な討論ができた。

次いで、午後3時より4時50分までの約2時間、同大学の大学院生を対象にした講義を担当した。演題は

Adv-mediated selective gene delivery for cancer gene therapy

講義の内容は添付の参考資料のパワーポイントファイルに示すように、私の研究の内容から、アデノウイルスの基礎と発展形が理解できるように努めた。すべて英語で講義を進めた。学生たちからできるだけ多くの質問を引き出せるように働きかけるよう留意した。結果、面白い講義になったのではないかと思う。参加人数は約20名。地元の台湾の学生のほかに、ザンビアなどアフリカの国々からの留学生5名程度も参加しており、国際色豊かな顔ぶれであった。約2時間の長時間授業、外国語による講義、しかも多くの学生にとっては彼らの専門からは遠い話題であるにもかかわらず、居眠りする学生が1人もおらず、活発に質問を投げかけてくれることに大変感心した。たった一回だけの講義ではあるが、有意義な時間を過ごしてくれたのではないかと思う。

夕方からは、同大学の客員教授のY教授とディスカッションを行った。夜は、同大学医学部のA教授ならびに「環境医学研究センター」のスタッフの方数名と食事をしながら、研究に関する情報交換を行った。

翌3月16日は、お昼に(空いた時間帯を利用して)高雄市立歴史博物館を訪問。日本と台湾との関わり、高雄の歴史と現在などについて学んだ。直前に台湾の中学生の歴史教科書(日本語訳)を通読して得た予備知識が役立ち、理解が深まった。とはいえ、私たちが知っていることはごく断片的なものなので、これを機会により多くを学び、台湾の方々との相互理解と親睦に努めていかなければならないと決意を新たにした。

3月16日夕方6時頃にA教授を、KMUに訪問し、科学研究に関してディスカッションを行った。また、台湾でのDNAバンク事業の発展に関して話し合った。さらに、時間的には十分ではなかったが、過去の研究プロジェクトなどに関しても、私たちそれぞれの具体的な経験や見解を述べ意見交換できた。

その後さらに、夕方7時頃からKMUの研究資源整合発展センターのK教授、K教授と一緒に循環器系の疾患の血清スクリーニング診断の開発を行っている心臓内科主任のR博士らと約2時間にわたって情報・意見交換を行った。K教授は才気煥発で活力溢れる生物化学研究者で、台湾の科学研究の現状その他、大いに教えていただいた。K教授は日本人の科学者の友人も多い、大変な親日家。主に英語で話し合ったが、K教授からは台湾の現地の言葉の発音(カムシャーリー、その他)などもお教えいただき、私にとっては大変な勉強になった。K教授・R先生・A教授と再会を約して別れた。

翌3月17日は少しの仮眠をとったのみで、ホテルを未明の4時半にチェックアウト、高雄の国際空港に向かった。6時半発の台北行きに乗り、台北を9時半発の札幌行きで帰国。

全体として、高雄への行き帰りの日程が深夜・早朝を選ばざるを得ない航空便ダイヤ構成であるため、大変な強行軍であった。英語のセミナーを1時間半、その後、午後には英語での2時間の講義が詰まっており、これも私にとっては未体験であり、何とか形にできたのは私にとっては達成感のある快挙といえる。しかし、非常に気疲れ・身体疲れするものであった。一方で、学生や教職員の方々は熱心に聴いてくださり、また人情味深くうち解けてホスピタリティに溢れていてありがたい。(もう少し楽な日程・行程であれば)遠くないいつの日かまた訪れて旧交を温めたいものだと思う。Y学長・A教授・K教授はじめ歓迎してくださった方々に対して感謝でいっぱいである。

  • 2010-03-23付け WEB記事より再掲

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快楽という名の連絡船

 

そして船は行く(1): 快楽という名の連絡船

 

2010年3月24日

 

異国の街で見つけたにぎやかな装いのお船たち。明るい南の国の連絡船が互いに挨拶をかわす。むっつりして灰色の軍艦風なんてのは一隻もいない。

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あちらにやってきたのは、快楽という名の連絡船。

カニにハタ(石斑魚)にホタテにツブ、青いヒトデのお星さまを見つめて一休みした後はヒラメ、美味しいよ。豊かな海の幸。

さて、快楽だけでは不健康かも?とお感じのみなさまは、どうぞ手前のお船をご覧ください。こちらのお船は、健康・活力・快楽号。幸せのてんこ盛り。子供たちが踊って歌えば、蒔いた種が次々芽を吹き双葉が並ぶ。いかにも楽しい船の旅。

向こうの岸にはほんの10分で着きます。街の中では一番古い小さな町並みをぶらりと散歩して、はずれの灯台に登って帰ってきて、さて、帰りの連絡船は幸福号に当たればいいなと思います。

 

  • 2010-03-24付けWEB記事より再掲

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チューリップの芽

<以下、2001年3月23日付けWEBサイトより再掲>

雪解けの路地にチューリップの芽

札幌の朝。わずかの小雪が窓の外に。

あわただしい朝の通勤の道で、車窓の外に見つけました。雪が解けたナナカマド並木の根元に去年の11月に植えたチューリップの芽が一斉に顔をのぞかしています。日に当たっていないせいか、みんな黄色がかった白い芽で、ひょろながの5cmぐらいでしょうか。今までは1メートルを超える深い雪が守ってきたのでしょうけど、今日明日には垣根をしてやらないと、すぐに踏みつぶされてしまうでしょう。

北国の春は本州に比べてとてもおそくやってきます。そしてあわただしいような、それでいてぐずついているような不思議な春の進み方が見られます。北国生まれの方にはごく当たり前の季節の移り変わりが、暖かい地方からやってきた私たちにはとても新鮮で不思議な発見になります。

これからは、毎日のように次々と新しいページが開かれてゆきます。今年の春は、札幌の街中に咲くいくつかの花の名前をご紹介したいと思います。「名もない花」などないのですが、忙しすぎて尋ねる余裕がないのです。この春は少しだけゆとりを持って花の名前を聞いてみます。

<以上、2001年3月23日付けWEBサイトより再掲>

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