2026年7月7日 火曜日 晴れ

太宰治 きりぎりす 新潮文庫 昭和49年 (同書収載の『日の出前』は、「文芸」昭和17年10月号に『花火』という題名で発表され、当局より全文削除を命ぜられ、戦後、昭和21年12月刊の小説集『薄明』に『日の出前』と改題して収録された、とのこと)

 ・・「また兄さんに、だまされたような気が致します。七度の七十倍、というとーー」・・・(中略)・・・

けれども、この不愉快な事件の顛末を語るのが、作者の本意ではなかったのである。作者はただ、次のような一少女の不思議な言葉を、読者にお伝えしたかったのである。・・・(中略)・・・ 少女は眼を挙げて答えた。その言葉は、エホバをさえ沈思させたにちがいない。もちろん世界の文学にも、未だかつて出現したことがなかった程の新しい言葉であった。「いいえ」少女は眼を挙げて答えた。「兄さんが死んだので、私たちは幸福になりました」(太宰、『日の出前』、同書p353)

 ・・太宰はここまで自分を突き放し客観視しえたのである。『水仙』とは逆であるが、共に、では人間の真実とは、善とは何かをぎりぎりまで追求したあげく、覗いてはならぬ人間の底知れぬ悪の深淵を見てしまったような、肌の粟立つ辛い小説である。文章もドライで非情である。戦争下『水仙』『日の出前』のような作品を敢えて書かざるを得なかった太宰の内的極限状況にぼくは注目せざるを得ない。(奥野健男、同書末尾解説、p365)

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 補註: 札幌から滝川へ向かう列車の中で読み進めて、ちょうど最後のシーンの直前で列車を降りた。家に帰り着いてから最後のところを読了。古稀を迎えようとする補註者であってみれば、「悪い兄さん」に思いを馳せるよりも、その「悪い兄さん」を持つ家族特に父親(そして時に美しい妹)に寄り添って悶え苦しんでしまう補註者である。山本周五郎の『おたふく』三部作のひとつに「社会的にもだめで、家族を不幸にするだけのどうにもならぬ男」を兄弟に持つ姉妹(と家族)が描かれているのを思い出すが、両者のトーンは180度ほども違っている。『水仙』と並んで、もう一度読み返したいとは思わない、二日酔いになりそうな苦しいお話である。救いようがない。エホバはこのような姿にも人を作ったとされているわけで、余分な沈思などはしないとは思うが・・。