学ぶこと問うこと

産学地域連携の課題

<以下、WEBサイトより再掲> 2008年6月27日付けの記事より。

私たち大学人にとって「産学連携・地域連携」はむずかしい。その難しさを考察しはじめると、以下の2つの疑問点につまずく。(1)そもそも何のために(Why)という根幹のところでコンセンサスに到達できていないのではないか。どうして大学で今の時期に産業界や地域との連携なのか。(2)具体的にさまざま試行錯誤の努力を重ねても、なかなか良い結果につながらない。やり方(How)はこれで正しいのだろうか。

(1)何のために(Why)何をすべきか。公的助成を受けて運営される大学としての従来の流れからは、助成金の提案課題に積極果敢に応募し、審査の難関をくぐり抜けてサポート獲得できたプロジェクトに関して特段の力を注ぐことで結果をだしてゆけばよい、という考え方がまずは実際的である。確かに、このような助成金本位の行動選択に従えば、その時その場では流行に棹さして快適に流れを進んでいるようにみえよう。しかし、長い時間経過を広い視野から眺めてみれば、時々局所の流れに翻弄されてクルクルと忙しくまわっていただけ、本当に目指していたはずの方向は見失っていた、ということにもなろう。私たち大学人としては、助成金本位プラグマティズムの行動基準に与することはできない。それなら、大学人本位の行動選択の規範はいかなるものであるべきか。

(2)やり方(How)に関しても難題が山積している。たとえば、以下の3点を挙げてみたい。

1) 利益相反・Fraud(不正)の問題。未然に防ぐ、あるいは次善策として如何に良く対処するか。個人・組織ともに、3年ないし5年の短期年限で結果を出すことを求められる昨今の状況もあり、功を焦る余りの勇み足による失敗の蓋然性は高まる。

2) 研究費の問題。マスコミでもてはやされるような「流行る」テーマには、産官学からの大きな期待のもとに、人・金・物をサポートする資金がふんだんに注ぎ込まれる。一方で、公共にとって大切な仕事でも、結果がすぐには出にくい「地味な」テーマには、助成金のサポートが得られず、多くはやむなくストップする。産官学連携に関連した資本投資は、得てして短期の回収を目指すため、説明の容易な流行る仕事に集中して流れやすい。この傾向は、私たちの医学保健に関する研究の多くの場面では、憂うべきこと・心得違いである。地道な研究が廃れれば、せっかく積み上げられてきた知の基盤の危機を招来する。では、息の長い地味な仕事であっても本当に大切なものを見分けるには、私たち大学人はどのような鑑識眼を育めばよいのか。一方で、そのような結果の遅い仕事に対して、大学として今までにも増して十分なサポートを提供するために、われわれ大学人はどのような方法をとれるのだろうか。

3) 医療と地域を取りまく問題。1980年頃から英米を基点として強まったネオリベラリズム・グローバル化の流れは日本をも巻き込み、小さな政府を目指した福祉・医療費の抑制政策が進められている。私たちの住む北海道を筆頭として、地域間専門科間の医師の偏り・医師不足による地域医療の危機が顕現し、「医療崩壊」とまで呼称されている。また、ワーキングプアという言葉で象徴される格差貧困の問題をはじめ、年金・医療保険・介護保険など社会保障・福祉の懸案課題も解決からは遠く、国民は福祉・医療に関して決して安心できる状況ではない。また、世界に目を広げれば、次々に引き起こされる戦争、サイクロンや地震などの大災害、慢性の貧困に襲いかかった穀物価格の高騰による大規模な飢餓の危機、など、私たち医療保健福祉を志す者にとって何とか手を差し伸べたい厳しい現実がある。これらの課題に私たちは私たちの持てる力でどのように取り組んでいけばよいか。

以上、どれ一つとして解答も解決も容易でない課題をただ単に列挙してきた。これらの問いかけに関して、私たちは何の答えも提案も提示できないのだろうか。そもそも答えはあるのだろうか。答えるために私たち共通の規範はありえるのだろうか。

最後の問いかけに対して、逆説的ではあるが、答えはすでにとうの昔から私たちの手の中にある。それは、たとえばS大学の「建学の精神」に謳われている。それは、私たちの最も大切な出発点 「より良い医療・保健・福祉を地域の(そして世界の)人ひとりひとりに届けたい」 から決してぶれない心構えと視点であろう。その出発点のドアを開ければ、人が人にしてあげられる最もとうとい行いを目指して進んでゆく長い道が続いている。道の行く先を見通せるように私たちは今少しだけ顔を上げて、私たちのやり方でその道のりを進んでゆけばよいのだ。

平成20年6月20日

<以上、WEBサイトより再掲終わり>

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