学ぶこと問うこと

肺癌プロジェクトの現在地点

2018年4月13日 金曜日 曇り
今年の2月に、私たちの樹立した抗体が基となった抗体医薬の第1相試験のスタートが公表された。最初は、非小細胞肺癌の患者が対象である。
かなり大きなバイアルに入った私たちの抗体の姿を想像してみる。たとえば、200mgの抗体・・なんて、基礎実験に終始していた私たちには想像もつかないぐらいの巨大な量である。おそらく白い粉末・・えーっと・・水に溶かしてたとえば1mg/mlのタンパク濃度、そしてグロブリンだから〜100mmol/l程度のナトリウム濃度の水溶液になるのであろうか。(補註:対照的に、アルブミンは塩濃度が低くないと水に溶けない)。製剤になった姿をいつか見てみたいものだと思う。
私が治療の開発研究を始めて、初めてモノクローナル抗体を作ったのが1984年だから、今から34年前になる。ようやく最初の一つがここまで辿りついたのである。ずいぶんと時間がかかった。

昨日、大学のスタッフの方々にこの抗体のお話をしたのだけれど、最初は「我が子」の喩えで話をしていた。けれど、話している途中から「喩えれば我が子の子つまり孫」扱いがふさわしいような気がしてきた。確かに34年前に生まれた抗体が私の子どもなら、今回の抗体医薬は10歳そこそこだから、初代MRKたちの子の世代、私には孫のような年齢なのだ。可愛らしい少年の姿を思い浮かべる。

 

 

 

 

 

 

たとえば55年前、テレビで私が一番好きだったアトム少年のように。この抗体は、良く癌細胞を見分ける眼を持ち、見分けた癌細胞を鉄腕の強い力でやっつけてくれるはずだ。しかも、この少年は強いだけではない。あのブルートーのような荒くれ乱暴者ではないのだ。優しい心を持ったこの科学の子は、癌の患者さんに副作用のない、とても優しい医薬になってくれるはずだ。そして・・この子の妹も生まれてすくすくと育っている。年齢は5歳。魅力的な抗体医薬に育ってくれるに違いない。・・そんな近未来を夢想しながら、遠くで静かに我が孫子(まごこ)たちの成長を見守りたいと思う。・・・

 

 

 

ところで、肺癌のプロジェクトの開始を高らかに?世の中に宣言したのは2005年のことである。以下に再度引用して歴史を振り返る1ページのコラムとしたい:

2005年6月24日
怪力乱神を語ろう: 肺癌プロジェクト開始
先日、DVD版ウルトラQを借りてきて見てみた。ウルトラQは、40年近く前、私も夢中で見ていた数少ない想い出のテレビ番組であり、懐かしの映像をDVDで見られるのかと思ったら、今回のDVDは、驚いたことに完全な新作であった。観ると、実に怖い。現在の東京、現実の風景の中で、怪異の現象が起こり、人は孤独の中で恐れにとらえられ、現実と夢との見分けさえつかなくなってしまう。「らくがき」、「わたしはだれ?」、「顔のない女」など、短い時間に展開されるストーリーなのに、極めて複雑で、実に怖い。
ティガ以来、ウルトラマンの造形は極めて美しい。私は、ティガ、ダイナ、ガイア・アグルと続くウルトラマンをすべて観てきている。劇場映画もほとんど欠かさず映画館で観てきた。ムナカタ副隊長・レナ隊員・ダイゴ隊員、など、今もすらすら懐かしく思い出す。私はティガのファンである。(隊長の女性の名前を今、忘れしてしまった。歳はとりたくないものだ。)私は、浅草ロックのウルトラマンのビルにも何度も通い、レアもののバルタン星人なども購入した。(もちろん、プレゼント用である。) さらに、主題歌の最初の和音だけでどのウルトラマンか当てるクイズなどにも参加したので、今でも多くの主題歌を歌える。ガイアの主題歌を道で歌っていて、どうしてそんな古い歌を歌うのかと、たしなめられたこともある。しかし、ガイアの歌詞を知っている方なら、この歌がどんなにいい歌か、先刻ご存じであろう。古いというなら、初代やセブンの歌もちゃんと覚えているので、我ながら不思議である。ただし、私は、特に、高山ガムとガイアのファンである。ガムのような天才科学者であったらどんなにすてきなことか。札幌に移ってきて、コスモスの頃はしばらく遠ざかっていたが、今のネクサスには、非常に熱中している。リコが死んでしまった場面など、コモン君にすっかり同化してしまうのを抑えられなかった。夢の中でうなされて、汗びっしょりで深夜に目覚めてしまった。主人公の恋人が死んでしまうなんて、ウルトラマン40年の歴史の中でも初めてのことではなかろうか? としたら、私が悪夢でうなされるのも当然だ(と思いたい)。明日の土曜日は、恐らく、ネクサスの最終回。レンは助かるのか、ナギ副隊長にどんな恐ろしいことが降りかかるのか、ネクサスとビーストの戦いは最終的にどうなるのか、とても心配だ。
ウルトラマンの存在しない現実世界での、ウルトラQの救いようのないサスペンス。これは、本当に怖い。(40年前の)怪獣は塩に弱いナメクジ怪獣だったりしたので、人間だけの手で何とかやっつけられることもあったのだが、もし、もう少し強かったら人類の文明は簡単に滅びてしまう。そうでなくても、日常の何気ないことの中にも、怪異が潜む。逃れようがない。地球に住む私たちは、絶えず不安にさいなまれる。それがウルトラQの世界だ。ウルトラQとウルトラマンの関係がどうなのか、別に詳しい考察を要するが、私の子供のころ、ウルトラQが終わって、そして、ハヤタ隊員と光との遭遇があり、ウルトラマンが始まったのである。ウルトラマンの顔はアルカイック・スマイル、広隆寺の弥勒菩薩像の顔である(注*)。
そこで、今日は、何が言いたいかというと、私たちのグループの「肺癌プロジェクト」開始、である。多くの肺癌は、簡単には見つからない。見つかったときにはすでに手遅れである(場合が多い)。なぜか、肺癌による死亡はこの50年でぐんぐん伸びている。喫煙が悪いと知られていながらも、最近も、女性の喫煙は増えてきており、今後も肺癌が増え続けると考えられている。この、忍び寄る、少しずつ増えてゆく日常の恐ろしさが、どことなく「ウルトラQ」の怖さに似ていると思うのである。
標的化分子の検出を利用した診断法で肺癌を早期発見し、手術できないものに関しては新しい標的化治療で治す、これが、私たちのストラテジーだ。私たちのグループでもようやくメソッドが確立してきたので、いよいよ肺癌プロジェクトに真剣に取り組んでいきたいと考えている。また10年かかるプロジェクトかもしれないけれど、これから、はじめてゆく。
(注*)参考文献: 成田亨 特撮と怪獣 わが造形美術 フィルムアート社 1996年
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