読書ノート

死にざまも大事ではあろう、しかし、生きることのほうがさらに大事であり困難だ。

令和7年12月19日 金曜日 曇り

山本周五郎 正雪記(下巻) 新潮文庫

 ・・「やけになるのは簡単だ」と与四郎が云った、「やけを起こして死ぬ気になるぐらいわけのないことはない、私は丸橋がそんな男だとは決して信じない」(山本、同書、下巻、p11)

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 ・・「此処へへ土着するとき、貴方がたは武士であることを捨てた筈だ、しんから農夫になると覚悟し、そのとおりにやって来られた、いまさら侍の死にざまを固執するのは誤っている」(山本、同書、下巻p247)

 ・・「罠だと承知しながら、ほかに生きるみちはないという諦めのために、自ら求めて死を選ぶことがいさぎよいだろうか」と兵庫は声を低めて云った、「死にざまも大事ではあろう、しかし、生きることのほうがさらに大事であり困難だ、困難だからといって諦めて、死にいそぎをすることがいさぎよいとは思わない、侍に限らず、人間ならまず生きることを考えるべきだ、勝つときまったいくさなら女子供にでもできる、九死一生の戦場でも、最後までたたかうのが男子ではないか、ーー私の云うことはこれだけだ、過言があったらどうか許して下さい」(同、p248)

 ・・ーーこの場合は生きることが第一だ、生きぬくためには屈辱も忍ぼう、生きることが勝つことだ。(同、p250)

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「旗を挙げるなどということは自暴自棄だ」と正雪は続けて云った、「坐して殺されるより伸るか反るかやってみようという、言葉は壮烈に似ているが、事実は狂気と逆上にすぎない、自分は壮烈に死ぬつもりでも、天下のひろい眼で見れば暴死といわれるだろう、丸橋、ーー死ぬことに虚栄を張るな、壮烈であろうとなかろうと、死そのものにはなんの変わりもない、生きることを考えろ、丸橋、勝つか負けるかは運のものだ、たとえ負けるにしても、敵の刃で首を刎ねられるまでは生きてたたかうんだ、それがしんじつの勇気であり、しんじつ壮烈というものだ、そう思わないか」(山本、同書、p372-373)

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 ・・自分のくふうしたこの蟹の細工は、誰にもまねのできないものだし、非常な価値があると思った、しかしそれは間違っていた、この蟹は暑くした酒を注ぐと、活きているもののように動く、だがそれだけのことだ、誰の役にも、なんの役にも立たない、いってみれば玩具であり、子供でもすぐに飽きてしまうだろう、自分はこんなもののためにのぼせあがり、一生をむだにしてしまった、・・・(中略)・・・

 ・・精魂を込めて作った細工物を、川へ投げ捨てた気持もおよそわかるような気がする、丸橋、ーー人間として自分だけが満足すればいいという生きかたは誤りだ、もっとも多数の人たちと幸不幸をわかちあってこそ、人間らしい生きかたといえるだろう」  少し口が過ぎたようだな、と云って正雪は盃を取り、残りの酒を飲みほした。(山本、同書、下巻p375)

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