令和7年12月6日 土曜日 晴れ
・・ここへ来て、あの娘の世話になっているうちに、あの娘の立ち居ふるまい、言葉つきや考えていることを聞くにしたがって、おれは生れて初めて、人間はこう生きるのが本当ではないか、と思うようになった。(山本周五郎 天地静大 下巻 Kindle版 2090/4928)
補註:こう・・の中身:我が身のためでなく、(身も心も打ち込んで)人のために働くこと、役立つこと・・を指している。
・・「かれらの 機嫌 をとるでもなく、慈悲心でも 憐憫 でもない、貪欲も独善も無恥も、みなその人の持って生れたものだ、その人自身の罪ではない、というように考えているらしい、いちどだけだが、 なほ の口からそういう意味のことを聞いたことがある」(同、2105)
人間にはそれぞれの性格があるし、見るところも考えかたもみんな違っている。一人ひとりが、各自の人生を持っているし、当人にとっては自分の価値判断がなにより正しい。善悪の区別は集団生活の約束から生れたもので、「人間」そのものをつきつめて考えれば、そういう区別は存在しない。人間の生きている、ということが「善」であるし、その 為すこともすべて「善」なのだ。
「なにをするかは問題ではない、人間が本心からすることは、善悪の約束に反しているようにみえることでも、結局は善をあらわすことになる」(同、2132)
私は父から勘当されて、いま出稽古をしながら生活をしています、あなた方にはわからないだろうが、出稽古に 廻る先では、しばしば耐えがたいような屈辱を感じなければならない、私には 生涯 を 賭けてもやりたい学問があるし、同時に食っていかなくてはならないから、そんな場合にもがまんすることができる、――人間は貧しさに耐えることはできるが、屈辱を忍ぶということは困難なものです。(同、2926)
「・・幕府のきめた予算はばかげて低額だ、それを今日までやって来たのは、土地の大商人や地主などの寄進があったからだし、その寄進は なほ のはたらきによるものだ、 なほ は一文の銭も出しはしなかったが、身も心もうちこんで施薬所のために役立って来た、 なほ がここにいる限り、施薬所に寄進する者も絶えはしないだろう、――仮に兄がおれの望みどおり金を出してくれたにしても、それは無限に続くものではない、また金で解決のつくことはここではさして問題ではない、おれがしなければならないことは、自分の力で施薬所の役に立つことだ」(同、3221)
・・「生きてゆくだけなら、のら犬だって生きてゆけるさ」と透は微笑した、「おれが生活の資を 稼ぐためにだけ生きるなら、夫婦と子供を養うぐらいのことはできるだろう、おれにはそうはできない、おれには一生かかるかもしれない学問がある」(同、3323)
・・「要するになんだ」と透が反問した、「いっそう自重するということ、どちらにもかたよらない、という方針のために、邪魔な者は除いてもいいということか」
「そういう者に使う時間がないということだ」
「それで中邑藩ぜんたいの安全だけは守りたいんだな」透は珍らしく 昂奮 した口ぶりで云った、「人間の一人ひとりは問題ではなく、藩ぜんたいの安全ということが重大だって、そんなばかな理屈があるか、一人ひとりの死を問題にしないで、藩ぜんたいの安全などということがあり得ると思うか」(同、3401)
・・それは一生かかってもやりとげなければならないものだ」と郷臣は云った、「学問をするには理性と、冷静な判断力がなければならない、ここへ討手が来たとき、おれを守るために斬り死にをすると云う、それは何百年もまえに禁じられた、野蛮な殉死と同じことだ、そんなまねをしてなにか得ることでもあるのか」 「人が死ぬことにはなんの意味もない」と郷臣は続けた、「おれ自身ふり返ってみて、おれでなければできなかったような事を、なに一つしていないということに気がついた、多少でも誰かに役立ったとすれば、それは 僅かながら金の補助をしたくらいのもので、それも自分で働いた金ではなく、宗間家から与えられたものを分けたにすぎない」 「金なんかがなんですか、あなたはあなた御自身で人に多くのものを与えられた、私が自分の生きる道をみつけたのもあなたがいらしったからです」 「そう誇張するな」郷臣は微笑して云った、「人間はみなそれぞれ備わった才能を持っている、杉浦が学問の中に生きる道をみつけたのは、杉浦自身にその才分があったからだ。(同、3519)
・・おれ一人の死ぐらいたいしたことじゃあない、杉浦には杉浦の生きる道があるんだ、そう、もしおまえが、おれから生きる道をまなんだと思うなら、おれの分までその道で生きてくれ、 些かでもおれに恩義を感ずるなら、生きていて、その道をまっとうすることが・・(同、3519)
・・でしょう、この施薬所の人たちにはわたくしが必要なのです、これは自慢で申すのではございません、わたくしが来たときと、わたくしが住みついてからのことを比べて、わたくし自身も自分がここでは必要だということ、病んでいる老人たちはもとより、子供にはどうしてもわたくしがいなくてはならない、それがはっきりわかったのです」(同、3708)
「殿は個人ではない」と房野は云った、「一藩の興亡にかかわるような事には、藩主の責任こそあれ個人の意見など問題にはならない」 「それはもう聞いた」と透は 遮って云った、「藩ぜんたいの安全のためと云うが、世が変れば中邑などのちっぽけな藩はひとたまりもなく 揉み 潰されてしまう、しかもそういう時期の切迫していることが明白であるのに、個人の意志がふみにじられ、罪もない人間が殺される、そんなことが正当であると、本当に信じているなら狂人だ、おれは狂人の云うことなど聞きたくはない」(同、3778)
・・がらがらと崩れる、なにもかも、がらがらと崩れてゆく。透にはその音が現実に聞えるように感じられた。 ――死ぬことにはなんの意味もない。 郷臣の言葉がまだなまなまと頭に残っている。おれの分まで生きてくれ、生きて、おまえの学問をやりぬくことだ。(同、3789)
・・物語類には男と女の愛や憎しみや、幸不幸がどうあったか、どういうところに生き甲斐があるか、ということがこまかに書いてある」(同、4189)
・・「考えることはないよ」透は笑って云った、「こういうことは現実に当ってみなければだめだ、人の生活は頭で考えるようにゆくものではない、しかし、考えなしにやればなにごとでもできはしない、考えたことの万分の一でも、実際に生かしてゆくのが本当の生活だと思う、私もできるだけのことはするから、 ふく は ふく の望みを、幾分でも実際・・(同、4213)
権力による政治がもし人間を不当に殺すなら、そういう政治は打ち 毀さなくてはならない、不正な政治の下では学問だって満足に成長しやあしない、おれたちはそれに 眼 を 塞いでいるぞ」(同、4317)
透は自分の内部に、力づよい感動がわきあがるのを感じた。 ――おれは自分の学問を守りぬいてゆくぞ。 たとえ世の中がどう変ろうとも、自分は自分の道を進んでゆけばいい。あの山があのように在る 如く、この川の水が流れやまないように、と彼は思った。(同、4901)
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補註: アマゾンのキンドル版で下巻を読了。先日、下巻をオーダーしたのだが、まだ届いていない。
今もまた、混迷の時代。グローバリズムの激しい波に大揺れし、国内政治は乱れている。日本人の超過死亡が年間20万人にものぼっている。子供たちや青少年、おとなまで、食生活が酷い不健康なものになってしまっている。癌や糖尿の患者が増える一方だ。車窓を眺めれば、どんよりとした北国の寒空の下で、ぎっしりとソーラーパネルが敷き詰められている景色を見る。続く不況で、景気は低迷。税金を下げるべき時なのに、逆張りが正義とばかりに、森林税など新しい税金が立ち上げられ、省エネ賦課金など税と名乗らぬ税がますます増税されている。プライマリーバランス黒字化目標の下、引き締め政策は続き、賑やかな宴も稀となり、酒類の消費は明らかに落ち込んでいる。働き方改革とやらで、フレックスタイム制になったのか、リモートワーク(在宅勤務)が認められるようになったのか、人と出会わないことが増えたようだ。夕方5時には研究室の暖房が自動的に切れ、18時ともなれば、研究室の廊下に人通りが絶えて、(人検知式の)電灯はすっかり切れて昏い。
2ヶ月前に大学経由でオーダーしたパソコンはまだ届いていない(先週、アマゾンのブラックマンデーでオーダーした同じMacBookAirは2日で届いたのに)。その中で、私は再び自分の医学研究を始める。明日はEcoRIやBamHIをオーダーするだろう。T4DNAリガーゼも遠からずオーダーすることになろう。・・私は自分の学問を守りぬいてゆく。 たとえ世の中がどう変ろうとも、私は自分の道を進んでゆく。あの山があのように在る如く、この川の水が流れやまないように、と私もここに記す。
ところで、来春に蒔くための大豆の種もオーダーしなくちゃいかん。少し欲張りな、てんやわんやの暮らしである。(補註、終わり)
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