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日暮れて道遠から20余年

2026年1月17日 土曜日 晴れ

" title="">日暮れて道遠し 伍子胥と范蠡

https://quercus-mikasa.com/archives/403

 上記は私が20年以上も前にアップした文章(2014年再掲)。治療法研究でブレイクスルーとなるアッセイ法を樹立できた!・・意気軒昂、さあこれからという時期(2005年)に、自身の将来をプランニングするような意味合いを込めて気持ちを込めて書いた文章。

 ここで、伍子胥のような壮絶人生ではなく、范蠡のような潔くも粘り強くもしたたかな人生を生きてみたいことを宣言したつもり。だから、短期決戦ではなく、長期持久戦に持ち込み、「私はすでに15年ぐらい前から『粘りにでる作戦』にストラテジーを切り替えた。すなわち、医学研究分野での『早雲」たらんとする方針に切り替えたのである」・・とのこと、今でも懐かしい。私が師と仰ぐ范蠡先生の「あの潔さがたまらない。素敵な生き様だ。しかもそのまま『去りゆくのみ』ではない。カメレオンのように姿を変えて颯爽と、今度は貨殖列伝のなかに登場する」という生き方が理想なのである。

 それで、私の場合、現在「貨殖列伝」中を生き抜いているかというと、未だし! 実は、今度の4月の所得税納税が難しいかもしれないと心配しているこの1月である。・・今度の4月を何とか乗り越えられれば、8月頃にはお金が入ってきて、来年にはゆとりがあって・・というようなことの繰り返し(火の車というのだろうか、自転車操業というのだろうか、まあ元気に頑張っている暮らしといえばよいのだろう)。

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 以下は、今年になって最近ある人に宛てて書き始めたメールの原稿:

 Yさま

 ・・・前略・・・

 私、Ty時代、教育者としては精一杯頑張ったつもりなのです。その一方では、教育に精を出しすぎて疲弊気味の日々だったかもしれません。教える内容についても自分として十分に消化できてはおらず、あやふやなところへの疑問がそのまま尾を引きました。たとえば、喫煙と発癌との関連。今ではかなり明確に答えられると思いますが、当時の私には教科書に書いてあることを教えるだけのレベルでした。またたとえば、発生と進化の理解。当時はかなり勉強を重ねて、十分に教えられると自信がありましたが、大学教授を辞めて十年余、のんびりしっかり勉強を重ねた今の方が、少し理解が深まったように感じます。そして、とても大学生に教えられる実力は無いことを自覚している現在です。

またたとえば、HIVとAIDSという病気の関連。大学生にしっかりと真実を教えて、自らの頭で考える人になる機縁にしたい・・と意気込んでTyに移ってきたのですが、教わる側に受入準備が整っていないことを思い知らされる日々でした。そして、十数年後の現在、いよいよ私に大学生を教えるだけの実力は無いと自覚しつつ、それでもコロナmRNAワクチン禍による大きな副作用被害をわが国が通過したことで、私、いよいよ社会へ働きかけすべき責務を痛感しております。

学生たちに「常にチャレンジングな仕事に取り組もう!」と励ましていたことが、自分に痛く刺さってきていました。2012年の時点で、標的化治療の研究の仕事がとてもうまくいったにも関わらず、世の評価は低く、研究費も滞り、 <以上、引用終わり> ・・以下、記録無し(断筆?)。

 「泣き言は言わない」という標語を愛用している今日この頃の私。それで、ややもするとこんな断筆が多くなるのかもしれない。

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 今年のお正月で数え年の70歳を迎えた。古稀、杜甫の時代と違って、今の時代は60や70は洟垂れ小僧、まだまだ世のため人のために頑張らねばならない。

 ・・というわけで、昨年の秋から、大学にて再び実験研究の仕事を再開させていただくこととなった。何とかひとつ(私の三つめのクスリ!)、結果を出したい。そうでないと、メチャメチャ格好悪い・・年を取ってからの執着心はカッコ悪さの極北。

 ・・で、それ(=MyNo#3のクスリが成功して)からどうするのか? ・・という問いかけ自体が途方もないと言わざるを得ない。というのは、 「私の三つめのクスリ=MyNo#3」自体が千三つとも万三つとも言われる製薬成功確率の低い事象であるからして、奇跡的にうまくいったとして、その後どうするかなど「どうとでもなる」と思考停止して差し支えない。というわけで、道義的には可能な限り執着して、何らかの匍匐前進を「最期」まで遂行し、泥沼の塹壕の中で戦死する覚悟で取り組むべきだ。源義仲とその乳兄弟の最期の場面を想定。あるいは、市丸中将のR大統領宛の手紙を想定。

 それはそれとして・・で、それ(=MyNo#3のクスリが成功して)からどうするのか? ・・「3手先をよむ」を座右の標語とすべき私としては、それでも問いかけておきたい。その時には、理想としては、MyNo#4のクスリ作りを目指してすでに何歩でも歩き始めておきたい。理想であって、状況はいよいよ厳しくて難しいことになっているだろうけれど。一方、現実的には、MyNo#3のクスリが成功してから始めるのでは遅いことを、今から同時並行で始めておくこと・・これが大切。座右の銘「明日死ぬかのように生きよ。そして、永遠に生きるかのように学べ」・・に忠実に。古稀を迎えて、范蠡先生をお手本にするなら、この精神で明るく粘り強く歩くのが良い。

 <以下引用>

・・(たったひとつでも良いから)難病をなんとか粘って滅ぼした暁には、あの范蠡のように、さっさと勾践を見限って、また新しい挑戦の旅に船出してみたいのである。  『だから決めた できれば長生きすることに  年とってから凄く美しい絵を描いた フランスのルオー爺さんのように   ね』 (20年前の引用を再掲 日暮れて道遠し 伍子胥と范蠡) 

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