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突っ込むときなどは好んで敵の銃口、槍尖へからだをぶっつけてゆくような、明けっ放しな、まるで無謀な態度でございます

令和7年12月28日 日曜日 晴れ

山本周五郎 生きている源八 新潮文庫

 ・・突っ込むときなどは好んで敵の銃口、槍尖(やりさき)へからだをぶっつけてゆくような、明けっ放しな、まるで無謀な態度でございます、・・或るときわたくしはなぜ好んでそんな戦いぶりをするのかとと訊ねました、するとかれはこう申すのです、鉄砲というものは、平常おちついてよくよく狙って射っても、なかなか的には当たらぬものです、まして戦場では気があがっていますから、いくら狙っても当たる弾丸は百に一か二でございましょう、ですから自分はまっすぐにゆきます、除けたり隠れたりすると却って命中しますから」「にくいことを云う・・」忠次(補註:徳川家康旗下の酒井忠次)は思わず苦笑した。・・・(中略)・・・「・・合戦のなかではなおさら、第一槍は必ず外れるとみて誤りはございません、それゆえ自分は安心して敵に第一槍をつけさせ、それへかぶせて相手を斬り伏せます、こらがなによりたしかな戦法だと存じます、・・かように申しました。・・・(中略)・・・それよりもさらに強く感じましたことは、かれがおりますと、その隊ぜんたいが見違えるほど明るく活気だつことでございました」「・・・」「矢弾は除けるほうが危ないというかれの確信が、そのままほかの者にもうつるためか、らくらくとした戦いぶりの影響か、それともかれの人柄の徳であるかわかりませんけれども、兵庫源八郞がいるといないとでは、はっきり区別のつくほど隊のようすが違っております。わたくしは両度とも誤りなくそれを痛感いたしました」(山本周五郎、「生きている源八」、同書、p239-240)

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補註:『生きている源八=日本士道記』は昭和19年12月号「新武道」に掲載。

補註: 同書巻末の解説より<以下引用>

「本篇は・・戦時下、闘う日本人はどう処すべきかを、真率に訴えた作品である。どんな戦に臨んでも、いつも生きて還ってくるために、臆病者とさえ誤解されながら、なおも生きつづける源八郞の、細心にして豪胆、しかも慎重な闘いぶりを描き、勝利など望むべくもない最悪の情況下でも、源八郞のように生きてほしいとの、万斛(ばんこく)の願いをこめた作者の、兵士たちへの呼びかけと祈りだったのではないだろうか。 ・・山本周五郎は、名を惜しむよりもいのちをたっとんだ文学者であった。生きて虜囚の辱めを受けても、なお己の生を、最期の一瞬まで精一杯に生きることに人間の誠実をみた作者であった。橋本左内の死を描いた『城中の霜』(昭和15年)や『樅ノ木は残った』の原田甲斐の生の肯定と希求にも、源八郞の生きかたは太いロープで連結しているのである。作者の全生涯を通じて変わることのなかったもっとも基本的なテーマが、ここには込められているといっていい。」(木村久邇典、p329-330、同書巻末の解説より引用)

補註: 「正雪記」の由比正雪、「天地静大」の主人公・杉浦透(とおる)、などの姿でも繰り返し描かれる。周五郎氏はこれを何度でも繰り返し描きたかったのである。

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