読書ノート

女のお客などは我慢しきれなくなり、話の最中にいきなりオーレンカの手を取って、満足のあまり口走るのだった。「かわいいひと!」

2024年12月15日 日曜日 晴れ 

チェーホフ かわいい女・犬を連れた奥さん 小笠原豊樹訳 新潮文庫チ13 昭和45年発行(オリジナルは1896〜1904年頃)

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 ・・オーレンカはいつでもだれかしらを愛さずには生きていかれない女だった。(中略)オーレンカはおとなしくて気立てのいい、情にもろい娘で、穏やかなやさしい瞳をもち、たいそう健康だった。そのふっくらとしたバラ色の頬や、黒子(ほくろ)が一つある白いやわらかな頸筋や、何か楽しい話に耳を傾けるときその顔に浮かぶあどけない微笑みを見ると、男たちは『うん、こりゃ悪くない・・』と考えて思わずにっこりしたし、女のお客などは我慢しきれなくなり、話の最中にいきなりオーレンカの手を取って、満足のあまり口走るのだった。

「かわいいひと!」(チェーホフ、『かわいい女』、同訳書、p106)

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 ・・オーレンカは立ちどまり、少年が中学校の入口に消えるまで瞬きもせずに見送る。ああ、どれほどこの子を愛していることだろう! 今までにこれほど深い愛情を感じたことは一度もなかったし、自分の中で母性的な感情がますます強く燃え始めている現在ほど打算ぬきで、欲も得もなく、しかもこれほど喜ばしく心が魅了されたことは一度もなかった。血の繋がりのないこの少年のためなら、その頬のえくぼや制帽のためならば、オーレンカは感動の涙を流しながら喜んで自分の命を捨てるに違いない。なぜだろう。そのわけが一体だれに分るだろうか。(チェーホフ、『かわいい女』、同訳書、p125)

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