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セヴストーポリ 1855年5月

2017年1月6日 金曜日 晴れ 陽射しが暖かい

トルストイ セヴストーポリ 中村白葉訳 岩波文庫 1954年(原作は1855年)

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 ミハイロフとブラスクーヒンは地面へひれ伏した。ブラスクーヒンは眼を閉じながら、ただ爆弾がどこか非常に近いところで音高く堅い地面に打突かるのを聞いただけであった。・・・(中略)・・・けれどもその瞬間に彼の眼は、わが身から三尺とはなれないところでくるくる廻っている爆弾の光る導火管とばったり出会った。 
 恐怖、他の一切の思想・感情を押し退けてしまうような冷たい恐怖が、彼の全存在をひっつかんだ。彼は両手で顔を蔽った。 
 また一秒が経過した、・・・一秒ではあるがそのあいだに、感情・思想・希望・回想の一大世界が、彼の脳裡をひらめき通った。
・・・(中略)・・・
・・彼はこう考えて、絶望的決心をもって眼を開こうとした。が、その瞬間早くも、閉じた瞼(まぶた)を通して、真紅な火が彼の眼を打った。そして凄まじい爆音とともに、何かが彼の胸のまんなかをどしんと突いた。彼はいきなり駈けだしたが、足にからまる佩剣(はいけん)につまずいて、横倒しに倒れてしまった。
 <ああ有難い! 打撲傷だけだ。>これが彼の最初の考えであった。彼は両手で胸にさわってみようとした。が、その手はしばりつけられているようだし、頭は搾木にでもかけられているようであった。・・・(中略)・・・火のおどりは次第にまばらになったが、からだの上に積まれる石は、ますます強く彼を圧迫した。彼は石をはねのけるために懸命に身をのばした。途端にもう何一つ、見えず、聞こえず、考えず、感じなくなってしまった。彼は弾片を胸のただ中に受けて、その場で即死したのであった。(中村訳、同書、p74-77)

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しかもこれらの人々、ひとしく愛と自己犠牲の大法則を信奉するキリスト教徒たちが、自分たちのしたことを目の当たりに見ながら、彼らに生命を与え、彼らの心に、死の恐怖とともに善きもの美しきものに対する愛を植えつけてくれた者の前に、卒然悔悟の念を以て跪こうとはしないのだろうか。歓喜と幸福の涙をもって、兄弟として相抱こうとはしないのだろうか? やがて白旗はおろされて、再び死と苦痛の機械がうなり出し、無辜の血は再び流れて、呻吟と呪詛の声が聞かれるのである。(中村訳、同書、p90-91)

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補註 英訳セヴァストーポル、その出だしの部分を以前このウェブページに載せているので、以下に再掲したい。この部分を今読み返してみると、たとえば “eight bells” などを正確に理解できていたか疑わしい。やはり、日本語訳が有難く、また、解説や訳注は必要のようだ。(2017年1月6日追記)

補註 八点鐘について 夜半直が終わる午前4時(コンラッド ロード・ジム 柴田元幸訳 河出書房新社 2011年、訳注 p68より)

以下、http://www1.cts.ne.jp/fleet7/Museum/shipsw.html より引用

時鍾(タイム・ベル)
各当直時間には30分毎に時鍾(タイム・ベル)が鳴らされる。
時鍾(タイム・ベル)は、号鐘とも呼ばれる。
一点鍾 20:30 00:30 04:30 08:30 12:30 16:30 18:30
二点鍾 21:00 01:00 05:00 09:00 13:00 17:00 19:00
三点鍾 21:30 01:30 05:30 09:30 13:30 17:30 19:30
四点鍾 22:00 02:00 06:00 10:00 14:00 18:00 –
五点鍾 22:30 02:30 06:30 10:30 14:30 – –
六点鍾 23:00 03:00 07:00 11:00 15:00 – –
七点鍾 23:30 03:30 07:30 11:30 15:30 – –
八点鍾 24:00 04:00 08:00 12:00 16:00 – 20:00
なぜ16-20時の時鍾がこのような数え方になったかは、ハッキリとは解っていない。
・夕暮れ時の18:30に5点鍾を鳴らすと、海坊主が夜の近いことを知り船を襲う。
・水兵達が待遇改善を求めて立ち上がった「ノアの反乱」事件の時に、夕暮れ時の五点鍾が一斉蜂起の合図だったので、海軍が反乱者を混乱させるためにこう数えた・
という説もある。
ただ、各ワッチ開始後に各定数鳴らすと考えれば説明も付く。

一点鐘 ○          (カーン)
二点鐘 ○○         (カンカーン)
三点鐘 ○○ ○       (カンカーン カーン)
四点鐘 ○○ ○○      (カンカーン カンカーン)
五点鐘 ○○ ○○ ○    (カンカーン カンカーン カーン)
六点鐘 ○○ ○○ ○○   (カンカーン カンカーン カンカーン)
七点鐘 ○○ ○○ ○○ ○ (カンカーン カンカーン カンカーン カーン)
八点鐘 ○○ ○○ ○○ ○○(カンカーン カンカーン カンカーン カンカーン)
○○は連打 、○は一回のみ。

以上、ウェブ記事より引用終わり

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以下、引用:

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2015年1月17日 土曜日 雪ときどき曇り、ときどき明るい陽射し

セヴァストポル・スケッチ 1855年

Sevastopol in December 1854

Early dawn is just beginning to colour the horizon above the Sapun Hill. The dark blue surface of the sea has already thrown off the gloom of night and is only awaiting the first ray of the sun to begin sparkling merrily. A current of cold misty air blows from the bay; there is no snow on the hard black ground, but the sharp morning frost crunches under your feet and makes your face tingle. The distant, incessant murmur of the sea, occasionally interrupted by the reverberating boom of cannon from Sevastopol, alone infringes the stillness of the morning. All is quiet on the ships. It strikes eight bells.

On the north side the activity of day is beginning gradually to replace the quiet of night: here some soldiers with clanking….

<以上、引用>  from Delphi Complete Works of Leo Tolstoy

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補註 岩波文庫の読みやすさ・読みにくさについて(老眼の見地から)

 トルストイの圧倒的描写力にひたすら感動・・・
 ・・・それに比べると、まあ、どうでもよいような些事ではあるが、以下に文庫本の読みにくさに関して雑感を記す。

 今回、私が図書館から借りてきたのは1992年第2刷(1954年第1刷)の岩波文庫本である。漢字は旧字体である。そのため、ワープロで簡単には再現できないものも幾つかある。旧字体でなくても、たとえば「佩剣(はいけん)」は私のATOK辞書には入っていなかったので、「佩刀」が簡単に漢字変換できるのを利用し、佩刀といれてからその佩の字を流用して佩剣と変換した。辞書登録しておけば次回からは簡単なはず・・だが、今後の読書人生で佩剣などという単語にもう一度遭遇するだろうか? ちなみに白川さんの辞書「字通」には、「佩剣」は載っていて、「佩刀」と説明されている(字通、p1262)。トルストイの戦争小説の翻訳を読み通すには、今までの私の場合は欠けていた、戦争・軍事・武術などの用語語彙を豊富にしておく必要がありそうである。
 さて、岩波文庫は字が小さくて細くて読みにくいのである。繁体漢字が(老眼にとって)読みづらいのはさておき、特に本書では、原作のフランス語部分に関して、フランス語がそのまま載せられ、極小の活字で日本語訳が括弧に括って付けられているのには困った。どちらかというとフランス語部分を極小活字に落とすか、いっそのことカットしてもよいから、日本語翻訳部分を大きい活字にして欲しかった。
 最近になって改版されている岩波文庫は活字も大きめで行間も広めにとられていて、比較的読みやすいものが多い。旧版のままのものに関して、できるだけ早期に新しい(より読みやすい)版にしていただきたいものである。(人々の書籍離れが進む時代、なかなか営業的にきびしいのかもしれないが。)
 一方、訳語の選択や文体にも古さ・読みにくさを感じる。初版から70年もたつと、日本語の語られ方も変遷を経ている。若者にも(そして年配の方々にも)親しみやすい新訳が必要であろう。
 
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