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「私は、戦闘者として、自由なる日本のために戦うその日を待ち望んでいる」と答えた。戦う気概がなければ、真の自由は勝ち取れないのだ。

荒谷卓 戦う者たちへ 日本の大義と武士道 増補版 並木書房 2015年。

 「日本の安全を決めるのは日本自身で、日本の自由だ」という米国関係者の声をよく耳にするが、これに対する日本側の答えは、決まって「日本の安全は日米同盟基軸の堅持」だ。これは、自立した国家として、本当に自由な意思なのだろうか?

 アメリカでは、ほとんどの組織に「スーパーバイザー(監督者)」がいて、常に社員や職員の状況を評価している。「自由にしていいですよ。でも、評価は下がりますよ」。一般にはこれが恫喝の文句として使われている。逆に言えば、評価が下がろうが、対決しようが、自分の意思を通してこそ本当の自由が体現できるということでもある。

 米国の特殊作戦の一つである心理戦関係者と話をしたおり、冒頭「日本が我々と同盟関係を維持するかどうかは日本人が決めることだ。君たちは自由だ。しかし、それによって、我々が日本を叩きのめすという決断をするのは我々の自由だ」と切り出した。心理戦の一端として言ったのかもしれないが、私には、戦闘者としての士気・戦意を高揚させる言葉であった。「私は、戦闘者として、自由なる日本のために戦うその日を待ち望んでいる」と答えた。戦う気概がなければ、真の自由は勝ち取れないのだ。(荒谷、同書、p28)

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