読書ノート

しみじみとチェーホフ

2026年3月21日(土曜日)晴れのち曇り(朝は雪)

チェーホフ 小笠原豊樹訳 かわいい女・犬を連れた奥さん 新潮文庫 昭和45年刊(オリジナルは1896〜1904年)

「 ・・ねえ、お爺さん、教えて、なぜ小さな子が死ぬ前に苦しまなくちゃならないの。大人なら、男でも女でも苦しめば罪が赦されるけど、罪もない子供がどうして? なぜなの」

「そんなことは誰にも分からん!」と、老人は答えた。

 半時間ほど、二人は何も言わずに(馬車に)乗って行った。

 「なぜとか、どうしてとかいうことは、何から何まで知ってはいかんのだよ」と、老人が言った。「鳥の羽は四枚じゃなくて二枚だろう、あれは二枚でも飛べるからなのさ。それと同じで、人間もすべてを知るようにはできていない、せいぜい半分か四分の一だ。生きるのに必要なだけ知っていりゃいいんだ」

「お爺さん、私、歩いて行く方が楽だわ。なんだか胸が震えるみたい」

「大丈夫。乗っていなさい」

 老人はあくびをして、口に十字を切った。

「大丈夫・・・」と老人は繰り返した。「あんたの悲しみもまだ大したことはない。人生は長いからな。これから先いいことも悪いことも、いろんなことがある。母なるロシアは広いんだ!」と老人は言い、左右を見まわした。「私はロシア中を歩いて、ありとあらゆることを見て来たから、嘘は言わない、信用しなさい。これから先いいことも悪いこともあるさ。・・・(中略)・・・そんなわけで今じゃこうして日雇い百姓の暮らしさ。といったって、なあに、その後いいこともあったし、悪いこともあった。今だって死にたくはない、あと二十年がとこは生きたいな。つまり、いいことのほうが多かったということさ。なにしろ母なるロシアは広いんだ!」老人は再び左右を見まわし、うしろを振り返ってみたりした。(チェーホフ、同訳書「谷間」、p228-229)

**

*****

 ・・町よ、さようなら! そしてナージャは突然すべてを思い出した。アンドレイ(=ナージャのいいなずけ)も、その父も、新しい住居も、裸婦と花瓶の絵も。それらすべてはもうナージャを脅したり悩ませたりせず、罪のないちっぽけなものとなって後へ後へと遠ざかって行くのだった。そして客車に乗りこみ、汽車が動き出したとき、あれほど大きくて深刻だった過去ぜんたいは小さな塊に縮まり、今まで殆ど目につかなかった未来が大きくひろびろと展けていった。雨は汽車の窓を叩き、見えるものは緑の野原と、すばやく飛び去る電柱と、電線にとまった小鳥たちだけだったが、ナージャは突然の喜びに息が詰まりそうになった。自分はこうして自由になり、勉強をしに行くのだ。これは昔「コサックの国へ逃げる」と言われていたことと同じではないか。ナージャは笑ったり泣いたり祈ったりした。 「大丈夫!」と、サーシャは満足そうな笑顔で言った。「大丈夫です!」(チェーホフ「いいなずけ」、同書、p269-270)

**

*****

*********************************

RELATED POST