culture & history

蘇軾の妻 vs 劉伶の妻

2016年6月16日

一海知義 漢詩一日一首 平凡社 1976年 p236-238

小児 蘇軾 
小児不識愁 起坐牽我衣 
小児は愁いを識らず 坐より起たんとするに 我が衣を牽く
・・・以下、略・・・

補注 この詩に竹林の七賢の一人・劉伶の婦(つま)の故事が登場する。 
一海さんによると・・・その妻は泣いてこれをいさめたが、劉伶は、自力で酒はやめられぬ、神に祈ろう、ついては供物の酒肉を用意せよ、といい、神に祈ったあと、また供物の酒をあおった。(一海、同書、p238)

補注 ウィキペディアによると・・・
劉 伶(りゅう れい、221年? – 300年?)は、竹林の七賢の一人。字は伯倫。三国時代の魏および西晋の文人。沛国の人。
世説新語によると、身長が約140cmと低く、手押し車に乗り、スコップを携えた下男を連れて、自分が死んだらそこに埋めろ、と言っていた。酒浸りで、素っ裸でいることもあった。ある人がそれをとがめたのに答えて言った。私は、天地を家、部屋をふんどしと思っている。君らはどうして私のふんどしの中に入り込むのだ。また酒浸りなので、妻が心配して意見したところ、自分では断酒できないので、神様にお願いすると言って、酒と肉を用意させた。そして祝詞をあげて、女の言うことなど聞かない、と言って肉を食って酒を飲んで酔っぱらった。著書に『酒徳頌』がある。以上、ウィキペディアより引用。

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