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ディケンズ 二都物語(2)

2017年6月1日 木曜日 雨(午後からしとしと降る)

ディケンズ 二都物語 加賀山卓朗訳 新潮文庫 平成26年(2014年)(原著初版は1859年刊)

Charles Dickens, A Tale of Two Cities, Penguin Classics, 2000 & 2003 (First Published by All the Year Round 1859)

シドニーは言った。「いまはやけっぱちの時代で、やけっぱちのゲームがやけっぱちの賭け金でおこなわれている。ドクターには勝ち目のあるゲームをしてもらいましょう。負けるゲームはおれがします。ここでは人の命なんてなんの価値もない。今日みんなに担がれて家まで運ばれた人間が、明日には死刑の宣告を受けるかもしれない。最悪の場合、おれがこの賭けで勝ち取ろうと心にきめてるのは、コンシェルジュリーにいる友人です。そして負かそうと思ってる友人は、ミスター・バーサッド、あんただ」・・・(中略)・・・ シドニーはまた壜を引き寄せ、ブランデーをグラスの縁まで注いで飲み干した。酔っ払っていますぐ自分を委員会に突き出すのではないか、とスパイが怯えているのがわかった。ならばと、(シドニーは)もう一杯ついで飲んだ。(同訳書、p524-6)

‘羊’とは、牢番の下で働くスパイを指す隠語だった。(同訳書、p519)補註 当時でさえ一般的ではない隠語であったようで、本文中で解説されている。

「・・あんた(=シドニー)は提案があると言った。それはなんだい? おれにあんまりたくさん頼んでも無駄だぞ。職場でいまよりもっと危なくなることをしろって言うんなら、したがって命を賭けるより、拒否して運を天にまかせるほうがましだから。要するに、やれないってことだ。さっきあんたはやけっぱちと言ったろ。ここじゃみんなやけっぱちなんだ。憶えとけよ。おれだって、そうしたほうがいいと思えばあんたを告発するぜ。口八丁で石の壁だって通り抜けられるんだから。みんなそうだ。さあ、おれに何をさせたい?」(同訳書、p534)

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シドニーはまた眼を火に向け、ややあって言った。
「ひとつうかがいたいのですが。子供時代は遠い昔のことに思えますか。母上の膝に坐った日々は、あるか遠い過去に思えます?」
シドニーがしんみりしているのを見て、ローリー氏(補註:78歳)は答えた。
「二十年前ならそうだった。けれども、人生ここまで来るとちがう。終わりが見えてくるにつれ、環のまわりを旅しているように、どんどん最初に近づいているのです。心穏やかにそのときを迎えられるように、準備させているのでしょうね。いまは長いこと眠っていた記憶が懐かしく思い出される。美しかった若い母のこととか(自分はもうこんなに年寄りなのに!)、世の中というものにまだあまり現実味がなく、己れの欠点もこれほどしっかりと根づいていなかった日々のことを」
「その感じ、わかります!」カートンは顔をぱっと輝かせて叫んだ。「そしてあなたはそれだけいい人間になった?」
「であればいいのですが」(同訳書、p544-5)

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そのときいちばん近くにいた少女が、みんなに教え、やがて気品のある老女になったときにも、孫たちに語ったというそのことばはーー「あなたの愛する命」(同訳書、p589)

補註 「あなたの愛する命」・・原文では、 ’A life you love’ (Penguin Classics, p349) となっている。これだけでは明確な意味をなさないので、シドニーがルーシーに囁いた(そして少女が聞いた)断片には言葉を補って意味を取る必要がある。たとえば、’A life you love’ shall survive. など。

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