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どうしてみんな貧しいのか、どうして餓鬼ん子は哀れなのか、どうして草原は空っぽなのか、どうして女たちは抱き合って口づけしないのか、どうして喜びの歌を歌わないのか、どうしてああして黒い不幸でああも黒くなっちまったのか、どうして餓鬼ん子に乳を飲ませてやれないのか?

2023年1月30日 月曜日 晴れ


ドストエフスキー 亀山郁夫訳 カラマーゾフの兄弟3 光文社古典新訳文庫 2006年(原作は1879-1880年)

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 ・・彼女のけわしい顔だち、まっすぐで真剣そのもののまなざし、落ち着き払った物腰は、一同にたいそう好ましい印象をもたらした。予審判事などはひと目で、いくらか「夢中になった」ほどだった。その後あちこちで話が出るたびに、彼は、このときはじめてこの女性がいかに「いい女」であったかを納得した、・・と、打ちあけたものである。(ドストエフスキー、同訳書、p488)

 ・・「主よ、あなたに栄光が賜りますように!」彼女は熱のこもる、しみじみとした声で言った。そして腰を下ろさないまま予審判事に体を向けると、こう言い添えた。  「この人がいま言ったことを、信じてください! わたしはこの人を知っています。この人は、思ったことをなんでも口にしてしまう人なんです。人を嗤わせるためだったり、頑固なせいだったり。でも、良心に恥じることなら、ぜったいに嘘はつきません。真実をそのまま、はっきりと言います、それを信じてください!」  「ありがとう、アグラフェーナさん、これで生きた心地がしてきた!」震える声でミーチャは答えた。(ドストエフスキー、同訳書、p492)

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 「・・どうして泣いてる?」ミーチャはばかのひとつ覚えみたいにしつこくたずねてみる。「どうして手がむきだしなんだ、どうしてくるんでやらないんだ?」・・・(中略)・・・「どうしてそんなことになる? どうしてだ?」ばかになったミーチャは、なおも引き下がらない。・・ ・・「・・どうしてああやって、焼け出された母親たちが立っているのか、どうしてみんな貧しいのか、どうして餓鬼(がきんこ)はあわれなのか、どうして草原は空っぽなのか、どうして女たちは抱き合って口づけしないのか、どうして喜びの歌を歌わないのか、どうしてああして、黒い不幸で、ああも黒くなっちまったのか、どうして餓鬼(がきんこ)に、乳を飲ませてやれないのか?」

 こうして、問いをむやみやたらとかさねているが、ぜひともそう問わずにはいられない、そう問わなくてはならないと、心のうちで感じている。そしてさらになにか、自分でもいまだかつて経験したことのない感動が、心のなかにわき上がってくるのを感じ、泣きたくなってくる。これ以上、子どもが泣いたりすることがないように、乳もすっかり干上がった母親が泣かないように、いまこの瞬間から、だれひとり涙を流すことがないように、たとえなにがあろうと、一刻の猶予もなく、カラマーゾフ式の無鉄砲さにまかせて、いますぐ、いますぐ、それができるように、全力で何かをしてあげたいと思っている。

 「わたしも、あなたといっしょよ、これから、あなたをひとりぼっちにしない、一生、あなたについていくわ」愛らしい、情のこもるグルーシェニカの言葉が、すぐ耳もとから響いてくる。すると、彼の心はみるみる燃え上がり、見知らぬ光をめざして突きすすんでいく。生きていたい、生きていたい、どこかの道にむかって、新しい、誘いかけるような世界に向かって、歩いて行きたい、行きたい、早く、早く、いますぐ、ただちに!

 ・・彼は自分の頭の下に枕があるのを知ってひどく驚かされた。力を失い、長持ちのうえに倒れこんだときにはなかったものだ。  「だれが頭の下に枕をもってきてくれたんです? そんな親切な方がいらっしゃったんですね!」彼はまるで、望外の恩恵にあずかったみたいに、なかば有頂天と感謝の思いに満たされ、ほとんど涙声で叫んだ。・・・(中略)・・・ 「すばらしい夢を見たんです、みなさん」と、彼は奇妙な声で言った。その顔は別人のようで、まるで喜びに照らし出されているように見えた。(ドストエフスキー、同訳書、p495-498

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