philosophy

合格発表:ただこうである・それだけ

Ressentiment und Ja-sagen

子どもたちに何を残してあげられるか

K学園の評議員会に出席(2)

2015年3月10日 火曜日 雨(みぞれ)

今日はメジャーな国立大学の入学試験の合格発表の日であり、これがたまたまK学園の評議員会と重なった。K学園H高校はこの地方でも有数の進学校で一学年は約120人。今日のお昼過ぎの時点で、医学部の合格者が計56人(うち国公立が41名、私学が15名)。一人で国立にも防衛医大にもひょっとして私学にも合格している重複部分を差し引いても、一学年が120人の学校として非常に高い医学部への合格実績である。東大の合格者が8名。今は東大よりも医学部への人気が圧倒的に高いようである。合格者には心からおめでとうの言葉をかけて祝福してあげたい。

受験校として一番好都合なのは難関の東大理科三類への合格者が多数を占めることであろうが、今年は残念ながら3人の受験者は皆不合格だったそうである。

私自身の受験はちょうど40年前の今頃である。当時は1次試験が3月3日で、10日の今日は2次試験の真っ最中であった。合格発表は3月20日だった。それから40年。たとえば私が18歳に戻って、たった今医学部に合格したのであれば、きっと今まで過ごしてきたのと全く別の学び方・人生の選択を行い、全く違った人生を歩んでゆくことだろうと思う。恥ずべき失敗や数々の軋轢、悲しみや不運も多く、家族の大怪我や大病などもあった私のこの40年を思い返すと、これから新しいスタート地点に立つ18歳の若者たちが羨ましいような、感情の行き帰り(ルサンチマン)を感じないではいられない。しかし次の瞬間に、たとえ40年前の振り出しに今戻ったとしても寸分違わぬ永遠回帰を受けて立ちたい、とすぐに思い直す(脚注参照)。忘れること。そして、これまで紆余曲折は多かったしこれからも多いに違いないが、今はまさにそうして生きている自分自身を素直に・・・自ら是と’Ja-sagen’したい。

これからの世代を担う若者たちと共に、それぞれの力を合わせて、これから生まれてくる世代の子どもたちに何を残してあげられるかというパースペクティブをもって今のプロジェクトに取り組んでいきたい。

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脚注: 語ってはいけない永遠回帰をついつい語ってしまう。以下は、つい先日の私のブログページ(祈りとしての永遠回帰)から孫引き引用:「・・・永遠回帰は、・・・他である可能性との対比という様相の厚みがない。こうであったなら、とか、こうでありえたかも、という可能性の視点そのものがそもそもない。ただこうである、それだけ、それがすべてなのである。」(永井均「これがニーチェだ」 講談社現代新書 1998年  p206-7 より引用。)

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